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ヨーロッパの農業事情見聞

研究部長  前田 敏博

1.はじめに

今回紹介する海外農業視察は、昨年9月7日〜13日までの7日間、県内JAグループの職員11名によるスペイン・フランス2カ国での農業・農家・関係施設に関する現状を知るものだった。

スペインでは、代表的な農業地帯であるアランフェス市中心にした農業事情を、またフランスでは、世界有数の規模をもつランジス市場における農産物流通状況についてそれぞれ視察した。

限られた日程ではあったが、農業を通じて、各国の食文化、暮らしぶりにふれるとともに、日本農業との相違点あるいは共通点から、改めて生命産業である農業の重要性、社会的役割を再認識する機会となった。

2.伝統の絶品野菜と果物〜スペイン・アランフェス〜

スペインへは関西空港から直行便はなく、イギリスのヒ―スロー空港を経由する合計16時間を超える長旅から始まった。

私事だが、この長時間の禁煙は堪えた。これを機に、長年の煙草もやめられるかもと期待していたが、マドリッドのバラハス空港に到着した夜、愛煙家達と味わって吸った一服で、泡と消えてしまった。

視察先である首都マドリッド郊外の町・アランフェスに向かう。

この時期(9月上旬)、日中の気温は日本とほぼ変わらないが、蒸せるような暑さはなく、乾燥しているせいかあまり汗もかかない。夜は温度も下がり、実に快適である。

アランフェスは15世紀前半、イザベル女王(コロンブスの新大陸進出に援助したことで有名)時代に開かれ栄えた町で、人口は5万5千人。郊外には緑豊かな田園地帯が広がるスペイン王室の避暑地で、歴代の国王が愛した王宮が残っており、2001年その景観が世界遺産にも登録されている。かつて王室の農業試験場があり、スペイン黄金時代当時は世界各国から様々な植物が集められ栽培されていたという。

スペインは、フランスに次いでEU第2位の農業国ではあるが、内陸部中心に少雨・乾燥地帯が多く、土壌も痩せ地のため耕地に適さないところも多い。そんな中、アランフェスは肥沃な平野が広がり、多品目の野菜・果物が栽培されている。その代表的なものが「フレソン」という古い歴史をもつイチゴだ。当時のブランドとなった「フレソン」は、大量に生産されていたため出荷用の「イチゴ列車」なる蒸気機関車がマドリッド間を頻繁に往復し、町は大いに賑ったらしい。今では週末にマドリッドからイチゴに変わり多くの観光客を乗せて走る。

灌漑用の水路
乾燥地帯のため水は貴重だ。
灌漑用の水路を広大な農地にはり巡らしている。
畑で収穫を待つズッキイニ
畑で収穫を待つズッキイニ。
右のタバコと比べるとその大きさがわかる。

スペイン農産物の「世界一」を探してみると、オリーブオイルの生産量やオレンジ・レモンの輸出量が挙げられるが、その農業における経営構造では、農家一戸当りの平均経営面積は20haあるものの、経営格差が大きいことが特徴。超大規模農家(農家数のわずか1%に過ぎない200ha以上の農家が農地の50%を所有)が存在する一方、5ha以下の小規模農家が全農家数の58%を占める。

このように、農業の大規模化と零細化の二極分化が著しく、農業従事者が年々減少しているのが現実で、90年代前半に大旱魃があり、この時点で多くの離農者が出たことに起因する。それでも同市の場合、全人口における農業従事者の割合は依然15%あるそうだ。

そのアランフェスの中心地にあるメルカド市場では新鮮な野菜、果物、肉類、魚介類が驚くほど安い値段で売られている。特産のイチゴ、アスパラガスに加え、ブルーベリー、メロン、トマト、様々なオレンジ類など総じて1キロ120円〜150円程度。実に日本の3分の1から4分の1の値段である。それも需要に応じてか日本のものよりどれも一まわり程大きい。

最近のアランフェスの農業事情は、伝統のイチゴ栽培から安定した収量・価格が期待できる小麦栽培への転換が進むとともに、現地の気候・風土にあったトウモロコシや白色と緑色2種類のアスパラガス栽培が主流となってきている。

郊外のある農園を見学中、ほとんど農薬らしいものが使われていないのに気づいた。ここでの農産物の栽培方法といっても水と土壌管理程度の簡易なもの。乾燥が激しいため、病害虫も少ないらしい。案内してくれた同市の責任者は、盛んに「エコ農業」を強調していたが、どうやら必要に迫られていないというのが本音のようだ。

アランフェス市内の農園経営者から栽培方法を聞く視察団一行
アランフェス市内の農園経営者から栽培方法を聞く視察団一行

では味はどうか? 今の日本人が忘れかけていた懐かしい野菜や果物の本来の味がして、これが実にうまいのである。

遥か地平線が見える訪問先の農園で試食させてもらったトマトは、真っ赤に熟し、子供の頃、丸かじりした時の完熟トマトを思い出させた。それにも増して印象に残ったのは、招待された農家の台所で、お母さん手作りの燻製ハムをのせて食べたラグビーボールのようなメロンである。程よく塩気の効いたハムとメロンの甘さが絶妙の味だった。

「情熱の国」と言われるスペイン。その凄まじい食習慣の一端を紹介する。

スペインでは、日本と異なる時間帯で食事を摂り、通常1日5回食事する。まず、朝起きてからの朝食に始まり、次に朝の軽食(11時頃)を摂り、昼食は1日のメインでフルコースとなる(午後2時頃)。さらに夕方の軽食(午後6時頃)と続き、夕食は午後9時以降となる。

とにかくスペインの人達はよく食べる。一回の量も半端でない。食料自給率89%(2003年カロリーベース)という数字もうなずける。因みに日本の食料自給率は39%(2007年カロリーベース)。世界の先進国中、最低の数字である。

昼食の時間帯は正午から午後2時ごろまでの2時間が一般的。この間、ほぼ一斉に時間を気にせず、各々楽しみながらのんびり過ごすのである。
まさにスローフードである。

そのためか「スペインのレストランで食事をすると料理はうまいが、ウエイターの態度が悪い」というのが定説となっているようだ。

世界主要国の食料自給率(カロリーベース)の推移
世界主要国の食料自給率(カロリーベース)の推移
資料:日本以外のその他の国についてはFAQ"Food Balance Sheers"等を基に農林水産省で試算。
ただし、韓国については、韓国農村経済研究院"Korean Food Balance Sheet2001"による(1990,1980,1990及び1995〜2001年)

3.世界最大の「不夜城市場」〜フランス・ランジス市場〜

次の訪問国フランスへは、バロセロナからは2時間足らずで移動。

次第にパリ郊外に近づくと、それまでの赤茶けた荒野から一転、鮮やかな濃淡のある緑色の田園風景が眼下に広がる。

世界一といわれる規模で有名なランジス市場は、パリ中心部から南へ15キロ離れたランジス市にあり、果物・野菜・魚・肉・乳製品・花などの生鮮品を扱っている。

市場の面積は、232ha。(なんと東京・大田市場の約10倍の広さ)

日本の市場のように手数料は徴収せず、卸売、小売、給食等の業者との相対取引が中心となっているのが特徴。国が5割を負担し、残りの5割が県・業者による供託基金や家賃収入による公設市場となっている。

青果物に関しては、フランス全体の50%以上がランジス市場に集荷される。年間取引高は70億ユーロ(日本円で1兆円余り)を超えるという。また、規模の大きさや取扱量もさることながら世界中から集荷されるその品目の多さにも圧倒される。

世界各国のカラフルな青果物がところ狭しと並ぶ
世界各国のカラフルな青果物がところ狭しと並ぶ。
黒い墨のようなダイコン。中は白いらしい
黒い墨のようなダイコン。中は白いらしい。

600haある敷地の半分は青果物・肉・乳製品・水産物・花の5部門に分かれた卸売市場が占め、残りの半分は倉庫群や大型食品量販店の物流センター等様々な関連施設が並ぶ。市場内では12,000人のスタッフと1,500社を超える登録業者達が働いており、24時間機能している。また、30店舗近い銀行・レストランをはじめ、病院、警察署、雑貨店、本屋、喫茶店、レンタカー等あらゆる生活施設も併設され、市場自体、一つの都市を形成している。

農産物輸出額世界第2位のフランスは、ドイツ・イタリア・スペイン方面にはトラック輸送、アメリカ・日本方面には海上輸送を使い積極的に輸出をすすめている。そのため、市場内に輸出・入許可が迅速に行えるよう保健所等公的機関も完備されているというから驚きだ。

近年、産地直送の流通ルートをもつ大型スーパーの台頭により、ランジス市場は、一時その取扱高を減少させたが、新たにフランス第2の大型量販店(オーシャン)などの物流センターを誘致し、市況情報・商品の保管・出荷の便宜をはかることで取扱高を増加に転じさせた。


延々と続くランジス市場の展示場。活気に溢れていた

農業事情に関しては、野菜栽培の露地・集約・ハウス等生産構造が多様化し、生鮮野菜類は年間600万トンを生産する一方、果樹園は種別により差はあるものの相対的に減少傾向にあり、野菜類に比べ果実全体で340万トンの生産額というのが意外な数字だ。

農業所得面は大きく落ち込みが続いており、生産農家も厳しい状況下におかれている。石油価格はじめ生産コストの上昇から生産量が減少する中、農産物実質価格も大きく低下したためのようだ。

フランス経済全体に農業・食品加工業が占める割合は3.9%と低く、国土の36%が農地でEU最大の農業国という割には農業従事者についても89万人(全労働力の3%)と比較的少ない。100haを超える大規模な経営体が増え、小規模経営が減る傾向 にある。

また、最近の社会的ニーズの高まりから、欧州CAP(共通農業政策)の補助もあって環境保全型農業への取り組みが進んできた。特に、水質汚染対策に対する投資が目立っている。有機農業についても、原産地表示制度を導入するとともに、有機農産物保証システムのロゴマークを使用し、消費者に対する安全性のアピールを盛んに行なっている。しかし、取り組み自体は日本に比べ遅れており、農業利用面積全体に占める有機農業の実施面積はわずか2%にとどまっている。

4.最後に

紹介した農業事情はごく一部ではあるが、スペイン・フランスの両国で感じた印象は、多少、国民性の違いがあるにしろ、生産者はじめ関係者・関係団体が、常に食料の供給先である消費者を第一に考える姿勢は、日本も含め万国共通であるということ。

ただ、昨年から世間を席巻させた世界的な食料問題については、日本のように国民全体としての共通の課題認識は薄く、生産者段階までには十分な報道をされていないのか農村地帯では深刻さはない。のどかな情景どおりのんびりムードが漂っていた。改めて全国隅々まで同じ情報が、瞬時に共有できる日本の情報伝達システムの凄さも実感した。

世界の食料需給は構造的に逼迫し、投機目的の穀物価格は昨年、史上最高水準まで高騰した。事実、日本の食料安定供給にも大きな支障が生じている。さまざまな意味での「争奪」が世界規模で起きたためといわれる。

今回、視察の現場で特に意識させられたのは、人間が生活する上で命綱ともいえる農業を軽視する国はいずれ衰退の一途を辿ることになるということ。

スペイン・フランス両国はじめ先進各国の食料自給率の高さに比べ、自給率100%のコメを含めても日本の数字(39%)はあまりにも低すぎる。1960年当時、80%近くあった日本の食料自給率が大きく低下したのは、強力な経済力により世界中から食料を輸入し続け、肉類や油脂製品など高度で多様な食生活を進めてきた結果である。皮肉にも外国に憧れて食生活中心に欧米化してきたツケが予想以上の速さで今、来ていると言える。

最近になって、マスコミ等で取り上げられるようになったが、食料全体の6割以上を外国に依存する日本にとって自給率の向上は、今後、真剣に取り組んでいく命題であるとともに、生産者だけでなく我々一人一人にとっても危機感をもって考えていくべき身近で大きな問題ではないだろうか。

(2009.3)
(執筆者の所属、役職等は発表当時のものです)

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