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台湾における賑わいの一考察

研究部長  萬羽 昭夫

はじめに

本年5月より、和歌山社会経済研究所での業務を拝命した。4ヶ月経って感ずることは、企業も自治体も基本的には志向する方向は同じであるという事である。即ち、一言で言えば、企業においては自分の会社の強み弱みを分析し、いかに強みを活かしてニーズにマッチした“よきモノ”を開発し、それをどのように売り出す戦略を立てて行くか。一方、自治体においても、自分の地域の特色を見いだし、それを強みに変え、地域経済活性化の原動力にさせるか。に集約できる。現在市町村あるいは県レベルで様々な村おこし、町おこし、地域おこしの取り組みがなされているが、そこにおいても考慮すべき点は、人を引き付けるものは何か?何が魅力ある目玉か?である。目玉となるものの“商品力”が全てである。商品には品質、性能など、顧客満足度が高いことが求められる。蟻も甘いものがあるからそこに群がってくる。おいしいパンを売っているから多少遠くても買いに行く。当たり前のことである。まちの賑わいについても同じことが言える。

話は変わるが、2000年11月、初めての海外勤務で台湾に赴任した。それまで国内勤務で、和歌山−東京−和歌山−豊橋−和歌山−豊橋と5回引っ越しを経験し、次は台湾である。錦秋の日本を堪能した後台湾に着いて驚いた。空港から赴任先の新竹市に向う高速道路から見える山々の木々は青々としており、ススキの穂が辛うじて季節が冬に近い事を示している以外、未だ夏真っ盛りの観を呈していた。

新竹の市街に入り、更に驚いた。人が多いのである。道すがら車窓から見える市内は、当然のことながら漢字だらけの縦横大小様々な看板。目立つように、これでもかこれでもかと言わんばかりに主張している。道の両側はバイクや車が乱雑に駐車しており、其の奥に見えるレストランは人でいっぱい。歩道も商店舗の一部と化し、そこに沢山の人が行き交っている。スッキリした日本の風景に慣れている目には、こうした雑然とした風景は刺激的であり、これからここで生活して行くんだという一種の戦慄が走ったのを憶えている。

台湾の賑わい

写真1 新竹駅前のSOGOデパート
写真1 新竹駅前のSOGOデパート

着任して間もないある晩、新竹駅前にあるデパート(太平洋SOGO写真1)で食事をした。台湾ではこの太平洋SOGOは本家より元気がある。(昨年5月SOGOは経営難から台湾の太平洋SOGOを手放した。)食事のあと、夜の市内をぶらついた。

SOGOから程近いところに東門(写真2)という昔の城郭の一部であった史跡があり、そこで大勢の人が集まってコンサートに耳を傾けていた(写真3)。ここではコンサートをはじめとした催し物が時々催され、市民憩いの場ともなっている。そして、ここ東門から放射状に7方向に道路が走っており、道路沿いには書店、CDショップ、ブティック、化粧品店、学習塾、靴屋、電気屋、レストラン、ホテル、銀行、宝石店、喫茶店、茶芸館等が軒を並べている。また、道路沿いのちょっとした場所には、にわか屋台が歩道まで占有して店を開いており、食事を摂る人、買い物する人、ブラブラ歩いている人でいっぱいである。そして、一寸離れたところでは台湾独特の夜市が軒を連ねており、それは賑やかで、毎日がお祭りの様である。日本で言う中心市街地が活性なのである。

なんでこんなに賑やかなのであろうか。新竹市の人口は和歌山市とほぼ同じ規模でありながら、この違いは何なのであろう。また、徐々にわかって来たことであるが、実は台湾島内どこに行っても規模の大小はあるが同じような賑わいが見られる。これは何故だろうか?台湾に駐在中は常々不思議に思っていた。

本レポートでは、その頃の気持ちに今一度立ち戻って、台湾の賑わいについて考察を加えてみようと思う。

写真2 東門(昔の城郭の一部)
写真2 東門(昔の城郭の一部)
写真3 コンサート風景
写真3 コンサート風景

台湾の歴史と地理

Fig.1台湾島地図
Fig.1台湾島地図

台湾は関西国際空港から約2時間50分の至近距離にある。旅行あるいは仕事の関係で年間120万人近くの日本人が訪れ、タイに次ぐ人気のある旅行先となっている。それほど身近な国なので台湾通の方が多いかと思うが、簡単に紹介しておく。

台湾は日清戦争後、日本に割譲(1895年)され、大東亜戦争の終戦(1945年)までの50年間日本が統治していた。その日本統治時代にあらゆる面で大きく近代化が進み、現在の工業的発展の基礎が築かれた。また戦争中には多くの台湾人が日本兵として出兵したり、末期においては島内においては特攻隊の基地が設置されたり、米軍の爆撃を受けたりと、日本と苦難の歴史を共有した過去がある。そうした経緯から、少数派とはなったが今でも日本語を話す世代がここかしこに居り、日本人とみると人懐っこく話しかけてくる極めて親日的な国である。又、島内には日本統治時代のいわゆる近代化遺産が数多く残っており、それがまた大事に保存整備され現在でも現役で機能していたり、あるいは観光資源として今に伝えられているなど、懐かしい日本にお目にかかることができる。これだけでも一つのテーマとして調査研究されている方もおられる。

台湾の地形はサツマイモみたいな形をしており、南北約390km、東西140km。島の面積は36,000km2で、九州(39,800km2)より僅かに小さい島である(Fig.1参照)。地図で、色が濃い部分は3,000m級の山々が連なっている山岳地帯で、島の面積の半分近くを占めており、富士山より高い玉山(戦前の新高山;3,952m)がある。

こうした地形の島に、人口約2,300万人が暮らしているわけで、人口密度は636人/km2(2008年)である。世界的にはバングラデシュの985人/km2に次いで世界第2位である。当然、人口は偏在しており、平地部分に殆どの人が住んでいることから、街が展開している平地部分の人口密度は1,200人/km2を超えていると推測される。(日本:343人/km2;2005年)

台湾の賑わいを形成している条件

賑わいを形成する条件について考えてみよう。“賑わう”とは、広辞苑によれば、@富み栄える。豊かになる。Aにぎやかになる。人出が多い。とあり、当然のことであるが、“人が多い”ことが基本的必須条件である。従って、例えばテレビでよく見る丸の内駅前の通勤客の雑踏。これは賑わいとはいわない。只多くの人が電車から吐き出され、それぞれの勤務先に向っているだけで、多少駅売店で新聞や飲み物などの購買はあるが、おおきな経済的波及効果がその地にもたらされているわけではない。何らかの経済活動がそこに無ければ、ここで言うところの“賑わい”にはならない。“賑わい”が成立するためには、例えば蟻が甘いものに群がるように、群がる理由(実はこれが一番大きい要素と考えるが)が先ず無ければならない。そしてそこで経済活動が展開されなければならない。その地に人が集まる“理由”がそこにあれば、遠くからでも人がせっせと集まってくる。台湾の場合、いくつかある“理由”の一つに“外食”があると思う。蟻の例え話のあとに、人が群がる理由に“食”を真っ先に挙げるのはおかしな感じがするが、とにかく、“外食”は人を外に引っ張り出す効果がある。そして台湾の場合、食事だけでは終わらない何かがある。すなわち、“食”“遊”、それが台湾の多発的な賑わいの重要な構成要件になっており、国民性と密接に関連していると思う。

そこで、台湾の賑わいを形成している因子(ファンダメンタルズ)として、以下の3因子をあげて多少の考察を加えてみることにした。

  • (1)人口密度
  • (2)外食事情
  • (3)台湾人気質
(1)人口密度

塩の水溶液で、濃度が濃いほど“核”を起点として結晶ができ易い。それと同じく、人口密度が高いほど“何か”を起点として人が群れやすくなる。賑わい人の供給源としての人口密度は重要な指標であろう。台湾の人口密度については既に触れたが、636人/km2はあくまでも平均値であり、実態はそこにない。代表的な都市の人口密度をTable.1に示した。二大都市である台北市、高雄市で1万人近い。台北市のベッドタウンである5市は2万人以上で、台北と淡水河を挟んだ対岸の永和市に至っては4万人を超えている。即ち、100m四方に400人の計算であり、林立する高層マンションの街であることを考慮すれば納得する数字である。これらのデータから台湾が世界で最も過密な国であるといっても過言ではない。(因みに東京都区部は13,195人/km2;2005年)

次に私が住んでいた新竹市と、和歌山市を比較してみる(Table.2)。両市を比較すると、人口総数はほぼ同じであるが、人口密度で2倍、年齢別人口構成比や、自然増減、社会増減でも大きな違いがあり、新竹市は伸び盛りの“若い”まちと言える。

新竹市はご存知の方もおられる様に、台湾のシリコンバレーと言われ、1980年、国策によりハイテク企業の工業団地である新竹科学園区が開園した。周辺には大学や研究院なども散在する、台湾を代表する頭脳集積型の科学工業学園都市である。勢い、若い世代の人も多く、表のような違いが現れている。

こうした、人的社会的構成要件が大きく異なる両市を直接比較して、違いを掘り下げても、あまり意味を見出せないが、少なくとも新竹市における賑わいの成立要件の一端を垣間見ることができる。

Table.1 台湾各都市の人口密度(抜粋)
Table.1 台湾各都市の人口密度(抜粋)

Table.2 新竹市と和歌山市の諸データ比較
Table.2 新竹市と和歌山市の諸データ比較

(2)台湾の外食事情
写真4 賑わう台湾小吃
写真4 賑わう台湾小吃

台湾には北京料理、上海料理、広東料理、四川料理、雲南料理などの中国大陸の料理は勿論、客家料理などの台湾料理や日本料理店には事欠かない。“食在台湾”と言われる所以である。しかし、一般的な台湾人の外食事情はこうしたレストランよりも、町なかでよく見かける日式シ刷シ刷鍋(シ刷=サンズイに刷;日本式のシャブシャブ鍋料理の意味)や、自助餐、“台湾小吃”と呼ばれる屋台や小狭なレストランで簡単に済ますのが多いと思われる。しかもこうした台湾小吃は非常に安価で且つ美味いので、いつも人でいっぱい。こういう安く美味しく手軽に食べられる場所が身近に多いのである。(写真4)

台湾の外食支出と外食比率を調査したデータをFig.2に示す。国民所得の高まりや、ライフスタイルの変化につれ、世帯飲食支出が多くなるとともに、外食支出が大幅に増加しており、2005年には世帯外食支出が4,180NT$/月(1NT$=3.4円として、約14,200円)、33%が外食費である。

日本の場合どうであろうか。Fig.3に一般的日本人(勤労者世帯)の食料費に占める一般外食費のデータを示す。(資料:総務省家計調査より作成)

Fig.2 台湾の外食支出と外食比率
Fig.2 台湾の外食支出と外食比率

Fig.3 日本の一般外食費と外食率
Fig.3 日本の一般外食費と外食率

日本における外食費支出額は、2005年時点で14,750円/月で、金額的には台湾と殆ど同じである。しかし、食事単価が日本と台湾では大きく異なることに留意する必要がある。台湾と日本の外食費及びその比率のトレンドをみると、台湾が急激な右肩上がりであるのに対し、日本は明らかに右肩下がりである。すなわち、日本では街の賑わいの一翼を担う外食産業が停滞気味であることを示している。

Table.3に台湾の夜の外食頻度について調査した資料を示す。(資料:インフォプラント社2005年3月)(調査地域:日本、韓国、中国、台湾の4ヶ国;2005年3月調査;回答数 各国300人、20歳以上のビジネスマン)この調査によると、台湾人の夜外食頻度が一番高く、毎日外食する人は4人に1人で、月間平均13.5日即ち、2日に一度は夕食は“外食で”ということになる。

また、ある資料によれば、台湾人の外食人口は年々増加傾向にあり、テークアウトを含めた外食率は朝食が81.1%、昼食84.8%、夕食65.6%という報告(中華民国台湾投資通信July2005,vol 119)もある。まさに外食天国である。

別の言い方をすれば、台湾人は日本人に比べ “外”へ繰り出す機会が圧倒的に多いということを示している。

Table.3 各国の外食頻度調査
Table.3 各国の外食頻度調査

では、何故これほどまでに台湾人の外食が多いのであろうか。台湾で外食比率が高い背景についてよく言われるのが、「台湾は夫婦共稼ぎが一般的」がある。ちゃんとした統計資料が手元に無いが、私の周りにいた台湾人はほぼ例外なく共稼ぎであった。台湾で外食が多い理由を台湾人の友人に尋ねても、そうした答えが返って来ると同時に、(これが最大理由と思うが)外食の方が安上がりで、食後の皿洗いなどの面倒な家事が不要なことも大きな理由となっている。また意外と思われるかも知れないが、台湾の合計特殊出生率は1.12と日本の1.32(2006年)より更に低く、少子化が急速に進んでいる。少なく生んで教育に金をかけるという風潮(学習塾が実に多い)もあって、勢い共稼ぎ世帯の外食機会が増える傾向にあるということができる。(「共稼ぎ故、料理をする時間が無い」という理由もある。これは、半分当たっており、半分違うと思う。何故なら、台湾での駐在経験からすると、終業時間の午後5時を回ると待ち兼ねた様に一斉に帰宅し、あっと言う間に誰もいなくなってしまうのである。家で料理する時間が十分あるように思うのだが。)外食しないまでも、外部で購入し家で食べるいわゆる中食も結構多い。そして、一方ではこうしたニーズに応える数の飲食店がここかしこにあるのも又事実である。こうした社会構造が台湾人の外食依存度を高めている背景でもある。

しかしながら、上述したこれだけの理由で台湾における外食をはじめとした賑わいを説明できるとは思えない。根底には台湾人の国民性というか、伝統や習慣により形成されてきた気質がそうさせているとしか思えない。

(3)台湾人気質
1.食の世界

台湾では親しい人との挨拶言葉で「吃飯了?」(ご飯食べた?)がある。友人曰く、20数年位前までは台湾は貧しく、ご飯が食べられることが最上の喜びで、今日も無事ご飯を食べる事ができたか?という互いにいたわり合う意味もあるとの説明であった。

台湾でよく聞いたことであるが、「事業に失敗したら屋台を引っ張ってでも頑張って次のチャンスを狙う」。これは、台湾人の貪欲に働く意欲と上昇志向を表す言葉であるが、反面“食”の世界が立ち直りの原点であり、手っ取り早いビジネスの舞台でもあることを表している。屋台が多いのはそうした背景もあろう。それほど“食”の世界が普通に根付いている訳である。

“食在台湾”については先に触れたが、レストランであろうが、屋台であろうが、茶芸館であろうが、メニューに並ぶ料理と食材の種類は実に豊富である。豊富ということは、いかに“食”を楽しむか、ということの意識の現れであり、“食”に対する奥深い文化意識、国民性を感ずる。

2.お祭り好き

台湾人は実にお祭りや行事が好きな国民である。日本の正月に相当する旧暦1月1日の春節が最大の行事であることはよく知られている。正月用品を売る店先での煌びやかな黄金色の飾りつけ道具や色々な種類のお年玉用の袋(紅包)などは、見ているだけで日本人でも気分が否応無く高揚してくる。春節前夜は翌明け方まで市内あちこちで花火や爆竹の音で騒然としている。春節を始め清明節、端午節、中元節など24節気にちなんだ行事、元宵節(小正月。ランタンフェスティバルで有名。写真5)や馬祖誕生祭のような宗教的行事や地域独特の伝統的お祭りがある。それに加え国慶節などの国家的行事ありで催し物が目白押しである。こうした定期的なお祭りに加え、毎晩開かれる夜市(台北の士林夜市などは日本でも有名だが、知られていない夜市はあちこちある)がある。こうした“賑やかさ”が好きな国民性は、選挙活動や葬式でも例外なく発揮されている。選挙の前日の夕方には候補者の幟旗をもった応援者の群集が隊列をなして花火や爆竹を鳴らしながら賑やかさを競うかのように行進する。葬式においては当該家の前には派手な飾りがしつらえられ(写真6)、ラッパや太鼓やシンバルを派手にならしながら市内を練り歩く。こうした風景は日本では見ることはない。

写真5 放天燈に興じる市民(元宵節)
写真5 放天燈に興じる市民(元宵節)
写真6 葬式の飾り(飲料缶や菓子箱が積み上げられる)
写真6 葬式の飾り(飲料缶や菓子箱が積み上げられる)
3. 屋台文化
写真7 賑わう花市
写真7 賑わう花市

台湾といえば夜市。夜市といえば屋台が主役である。日本の縁日で繰り広がられる夜店よりもダイナミックで、見ているだけでも楽しい。私の住んでいた新竹では、毎週土日10時頃から公園の一角で花市が開かれていた(写真7)。この市では植木や花、植木鉢をはじめとして、“台湾小吃”や飲み物、果物、茶器、お茶、香、仏具、ベルトや鞄、靴、CD、骨董品、携帯電話の飾り、掛け軸、衣服、時計、おもちゃ、ゲーム台、ミニ遊具、たたき売り等々ありとあらゆる屋台が夕方まで繰り広げられ、通路は満員電車並みの混雑となる。

とにかく、台湾人のお祭り好きな国民性はいろいろな場面で発揮され、“賑やかし”を演出する催し物は枚挙にいとまがない。

日本では?

日本では“賑わい”を取り戻すために、様々な活性化策が各地で展開されている。例えば北海道帯広市では、屋台を“賑わい”の原点としてとらえ、その効能に着目して、「北の屋台」プロジェクトを立ち上げた。地域活性化のトリガーにすべく2001年夏、市内の駐車場跡地にオープンした。初年度17万人の市人口に対し、15万3千人、3年目に16万人、4年目に17万3千人と来客数が増加している。僅か18軒程度の“○○横丁”的な屋台で爆発的な地域活性化ができるとは思わないが、とにかく集客という点ではまずは成功であろう。このプロジェクトで苦労した点は法律(食品衛生法、消防法、道路法、道路交通法)の壁であったそうである。法律の壁に関して次のような出来事があった。

2006年8月長崎県佐世保市において、お祭り会場にて陸上自衛隊が災害派遣でも使用している調理機材を使って市民に料理を振舞い、自衛隊の調理の様子や部隊の能力を披露しようとしたところ、保健所から「待った」がかかった。理由は「不特定多数に飲食物を提供する場合、水道、冷蔵庫など一定の調理設備や広さがなければ衛生を保てず、臨時営業許可を出さない」とのこと。主催の実行委は、調理後に会場に運び込むことで許可を取り付けたが、行政のかたくなな衛生管理指導の姿勢に疑問や不満が噴出したそうである。

確かに国民の衛生基準を確保するために設定された法律ではあるが、もうちょっと何とかならないものであろうか。これと対照的なのが有名な山形の芋煮会。直径6mの大鍋に水6t、里芋3t、牛肉1.2t、醤油700リットル、日本酒50升、砂糖200kg、他、ネギ、コンニャク多数・・・大型クレーンを使っての野外調理だったそうである。

終わりに

とにかく、冒頭にも書いたが、普通の日本人が台湾を訪れて真っ先に感ずるのは、人口密度が高いことによる“人の多さ”であり、夜遅くまで賑わう飲食店の“食事情”であり、同時に商店街や毎日がお祭り的な雰囲気の“活気”ではなかろうか。こうした活気は間違いなく“財布の紐”を緩める方向にはたらく。台湾の賑わいについていろいろ考察してきたが、結局、賑わいの原動力は台湾人の国民性にある事に行き着いてしまった。台湾には台湾の価値観に基づく賑わいがあり、日本人が真似をする必要は無い。

台湾の人に『日本の道路はきれいだ』とよく言われた。確かに、台湾の道路に見慣れてしまうと、日本に帰ってきたとき素直にそして新鮮な気持ちで道路の綺麗さに目が惹かれる。日本の道路は白線がきっちり引かれ、道路の輪郭がハッキリしている。歩道もバリアーフリーで段差が取り除かれ、スッキリしている。道路や歩道は公道であり、台湾のように店舗や屋台の一部と化してはいない。こうした道路一つにも日本人のスッキリした、キッチリした国民性が現れている。台湾の町並み、車やバイクによる道路への駐車占有、店舗の看板や店先の歩道、夜市や屋台。これらの日常的な雑然感は、日本における秩序観、清潔観からすると一種異様な世界に思える。 

高人口密度×国民性(外食行動+お祭り好き)=賑わい=雑然

が台湾の賑わいの図式であるが、人口密度や国民性で異なる日本において、日本流の活力、賑わいを創出するには別の図式が必要である。

お金は経済の血液といわれる。血流が悪いと顔色も悪くなり元気が出ない。財布の紐を緩める気分になれないのは政治の責任ではある。が、病は気からと言われるように、景気も気持ちではないかと台湾をみてつくづくその思いを強くする。 

台湾は国際的には1971年に中国に押し出される形で国連を脱退してから国として認められておらず、WHOにも参加できずオリンピックでも継子扱いである。国内的には労働集約型の製造業が大陸に移り空洞化が進んでいると言われて久しい。また、出生率も少子化が問題となっている日本よりも更に低い。こうした気分が暗くなるような環境下にありながらも上述してきた“活気”が台湾では当たり前のように根付いており、更に景気が悪いと言われながらも2007年の実質経済成長率は5.7%を達成しているのは、上昇志向の強い南国台湾の国民性がそうさせていると言っても過言ではない。

我々庶民が今日からでもできる経済対策として、街に繰り出し外食+αの機会を2倍にしてみませんか?

参考資料

  • ・台湾行政院主計処HP
  • ・台湾新竹市政府HP
  • ・平成17年度 国勢調査
  • ・中華民国台湾投資通信 January 2007,vol 137
  • ・総務省家計調査
  • ・平成16年度版 北海道経済白書
  • ・中華民国台湾投資通信 July 2005,vol 119

(2008.12)
(執筆者の所属、役職等は発表当時のものです)

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