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KUJIRA

主任研究員  松村光一郎

6月に開催されたIWC(国際捕鯨委員会)総会では、商業捕鯨を事実上容認する議長・副議長提案をめぐる調整が決裂して会期中の合意が断念されて、来年の総会まで1年間の冷却期間を置くということになりました。加盟している各国間の基本的な立場が大きく隔たったままであるのは非常に残念なことです。
また、第82回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞した映画「ザ・コーヴ」の上映の可否や内容の賛否が世間を騒がせています。この映画は、和歌山県の太地町のイルカ漁に関して一方的に非難されています。

日本人は「クジラ」と、どのように共存してきたのでしょうか。先史から現在に至るまで「クジラ」をテーマにして、現状を認識するとともに改めて考察してみたいと思います。

※クジラとイルカは、生物学上同じ鯨類ですが、ハクジラのうち比較的小型のものがイルカとされています。

日本の捕鯨

日本人はクジラとともに生きてきました。日本の長い歴史の中で、捕鯨を通じて信仰が生まれ、また唄や踊り、伝統工芸など多くの捕鯨文化が実を結び、伝承されてきています。これこそ、日本人がクジラとともに歩んできた歴史の証で、日本が誇るこの捕鯨の伝統と食文化の大切さを再認識する時ではないでしょうか。

現在でも捕鯨は地域共同体の中で、社会・経済・文化的に重要な意味を持ち、アメリカやロシアの先住民捕鯨と同様の性格を多く含んでいます。(沿岸小型捕鯨は、太地、網走、鮎川、和田、函館で行われています。)

ところが、1988年に日本国内でIWCの商業捕鯨モラトリアム(一時停止)が実施されて以来、小型捕鯨地域では、今でも資源量が豊富なミンククジラの捕獲が出来なくなりました。現在は、IWCの管轄外のツチクジラ、ゴンドウクジラ、ハナゴンドウの捕獲が、日本政府の管理下のもとで行われています。沿岸小型捕鯨の年間捕獲枠はツチクジラ66頭、タッパナガ36頭、マゴンドウ50頭、ハナゴンドウ20頭と厳しく制限されています。

日本は、商業捕鯨モラトリアム(一時停止)によって困窮している伝統的捕鯨地域社会を救済するために、モラトリアム導入以来、毎年IWCへミンククジラ捕獲枠を要求してきました。1991年のIWC科学委員会では、日本の太平洋沿岸に回遊するミンククジラの資源量は、2万5千頭と推定され、健全な資源であることが合意されているにもかかわらず、理不尽な反捕鯨勢力によって阻止され続けています。

なお、日本の沿岸小型捕鯨者によるミンククジラの捕鯨は、2007年2月に東京で開催された「IWC正常化会合」でまとめられた議長サマリーの中で、「文化の多様性の尊重及び資源管理における地域社会の貢献についての決議を提出すべき。その一環として日本の沿岸小型捕鯨者によるミンククジラの捕鯨が認められるべき。」と協議され、同年5月のIWC年次総会にて報告されています。

国際捕鯨委員会【IWC】

国際捕鯨委員会(International Whaling Commission:IWC)とは、「鯨類の適当な保存を図って捕鯨産業の秩序ある発展を可能にするため」に、1946年に締結された国際捕鯨取締条約に基づき、1948年に世界の主要捕鯨国(15カ国)によって発足・設置された委員会で、日本は1951年から加盟しています。

毎年1回、年次会合が約1ヶ月に渡って開催され、前半で科学委員会などが開かれ、通常最後の1週間ほどの期間に本会議が開催されます。

この中で 「商業捕鯨モラトリアム」や「サンクチュアリーの設定(鯨類保護区)」といった提案に代表される附属書改正には、提案された議題に関して、全投票数の4分の3の賛成票が必要となります。附属書が改正された場合、それは加盟国を拘束するものですが、IWCに「異議申し立て」を提出すれば、拘束されません。ノルウェーが現在でも商業捕鯨を続けているのは、「商業捕鯨モラトリアム」に「異議申し立て」をしているためです。また、日本に対して提出される「捕獲調査の自粛決議」に見られるような『決議』に関しては、全投票数の過半数の賛成票で採択されますが、この決議に拘束力はありません。

今年は6月に、モロッコのアカディールで総会が開かれましたが、商業捕鯨を事実上容認する議長・副議長提案をめぐる調整が決裂して会期中の合意が断念され、来年の総会まで1年間の冷却期間を置くことになりました。各国間の基本的な立場が大きく隔たったままとして結論を先送りすることになったのは残念なことです。

くじらの町太地町

太地町は、日本における捕鯨発祥の地だと言われています。日本人が何千年も前から鯨類を利用していたのは多くの考古学的事実からわかっていますが、組織的な産業活動として成功させたのは、史実によって確認できる限り、太地町が最初だと考えられています。後に、網を用いて鯨を捕るという独創的な漁法が発明されました。これは、あらかじめ設置した網に鯨を追い込み、遊泳速度を弱めた上でモリを使って捕獲するという方法です。

網捕り式捕鯨は、200年近くにわたって繁栄を続けました。しかし、日本周辺に西洋の捕鯨船が出没するようになるとともに、状況は少しずつ変わってきました。西洋の捕鯨が、沖でたくさんの鯨を捕獲したために、日本の沿岸まで近寄ってくる鯨の数が減少してきたのです。

その後、19世紀末に石油が発見され、灯油生産を主目的としていた西洋の捕鯨は急速に衰退をはじめましたが、日本では食肉生産が捕鯨の主要な目的であったため、捕鯨産業は20世紀に入ってからも成長を続けました。

第二次世界大戦により日本の捕鯨に大きな打撃を受けましたが、終戦後間もなく占領軍マッカーサーの指示によって、捕鯨は飢餓に苦しむ国民を救うという大きな役割を与えられることとなり、目覚ましい勢いで復活を遂げました。そして数年後には世界一の生産高を誇るようになります。近年、国際捕鯨の規制により、太地の捕鯨も厳しい状況になっていますが、今までの歴史・伝統を生かして新しい「くじらの町」として発展しています。今年も9月1日から小型鯨類の追い込み漁(クジラは2011年2月末まで、イルカは2011年4月末まで)が始まっています。

ザ・コーヴ

太地町での「イルカ漁」を隠し撮りした映画がアメリカ等で上映され物議をかもしています。この映画は、イルカ保護の活動家で元調教師が中心となり、太地町で行われているイルカの追い込み漁を隠し撮りしたものです。

映画では、盗撮自体も大きな問題であると思われますが、内容も「イルカ肉に含まれる水銀問題を日本政府が隠している」あるいは「日本政府が国際捕鯨委員会の参加国に億単位のお金で票を買っている」等々事実からかけ離れた歪曲された部分がたくさん出てきます。また、「イルカのと殺現場を隠すために立ち入り禁止としている」という場面が出てきますが、これは落石注意の立ち入り禁止・鳥獣保護区の看板であり、事実と違った主張を何の根拠もなく一方的に展開しています。編集の中にも非常に恣意的な部分がたくさんあります。たとえば、マグロが市場に並べられて解体される映像を背景に流しながら直後にイルカを出すことで、いかにもイルカが市場で流通しているように誤解させる映像もあります。

ドキュメンタリー映画ということになっていますが、太地町以外の捕鯨については全く触れられず取材もされていません。また水産庁には、取材していますが、役場や漁業関係者のコメントは取らず、太地の捕鯨やイルカ漁に関する歴史的・社会的背景にも一切触れられていません。水銀値の問題も含めて本当に人々を説得するのであれば、データの客観性や信憑性は当然必要で、逆に不必要な歪曲は必要ありません。

この映画は特定の考え方、そしてその立場から撮影した映画で、製作者側意見を主張するため中立ではなく、善玉対悪玉という筋書きが必要だったのでしょう。フィクション映画として見れば良く出来た映画ということかもしれません。

ザ・コーヴに関して、和歌山県、水産庁及び日本捕鯨協会は次のような見解を示しています。

【和歌山県】

映画「ザ・コーヴ」は、世界には捕鯨やイルカ漁が行われている国や地域があり、これらの国や地域において共通する地理的条件、歴史、経済、文化等があるにもかかわらず、ドキュメンタリー映画として、こられのことには何一つ触れられていない。

動物の「と殺」は通常人目に触れないように配慮されているが、こうした配慮に反して、イルカの「と殺」現場を隠し撮りし、命が奪われていくシーンをセンセーショナルに写し出している。これを悪びれることなく、むしろそのテクニックを誇らしげにストーリーに組み込んでいる。

「イルカ肉には2,000ppmの水銀が含まれている」など実際とはかけ離れた数値をもってイルカ肉が汚染されていることを誇張した内容となっている。「捕鯨やイルカ漁をやめないのは、日本の古典的帝国主義にある」など事実を歪曲した内容も含まれており、撮影の方法・内容ともに問題のある許し難いものである。

太地町の「イルカ漁」は、国・県の監督のもと、法令規則を守り昔から受け継がれてきた漁業を営んでいるだけであり、何ら批判されるものではない。

この映画のように、一方的な価値観や間違った情報で批判することは、長いあいた太地町で「イルカ漁」に携わってきた人たちの生活を脅かし、町の歴史や誇りを傷つける不当な行為であり決して許されることではない。

【水産庁・日本捕鯨協会】
○票買い批判

日本は世界でも 150 カ国以上に援助を行っている援助大国であり、捕鯨に反対しているアルゼンチン・ブラジル・インド・メキシコ等反捕鯨国にも多額の開発援助を行っている。「票買い」という非難は、鯨類を含むすべての海洋資源の持続的利用の原則を支持するカリブ諸国に対して行われた過激な反捕鯨 NGO による脅迫キャンペーンの一端であるが、海洋資源に依存せざるえないカリブ海諸国のような国々が IWC で日本と同調する態度をとるのは驚くことではない。

これを日本からの援助があったから捕鯨を支持していると批判することは、事実の歪曲であり、IWC で自らの意思で投票に参加し国家としての主権を有する諸国に対する非礼である。


○イルカ漁の捕殺方法の批判

これについては、補殺方法を改善するため、フェロー諸島など小型クジラの猟を行っている国や地域の補殺方法を調査し、日本のイルカ猟の補殺方法を改善する努力を行ってきた。また、イルカ猟の関係者との意見交換、新しい補殺方法の共同開発、研修なども、関係する科学者の協力を得ながら進めてきている。その結果、補殺方法は大幅に改善されてきているが、イルカ猟を批判する側は、古い補殺方法を取り上げて非難している。


○水銀汚染の批判

調査捕鯨の副産物(鯨肉)の大部分を占める南氷洋産の鯨肉は、厚生労働省の暫定基準をはるかに下回る程度の汚染物質しか検出されていない。

日本近海の北西太平洋産の鯨肉もほぼ暫定基準以下で、数パーセントの割合で基準値をやや上回るものが出るときがあるが、これについては流通しない、または、加工して汚染物質を除去するなどの措置をとっている。

また、調査捕鯨の鯨肉については、ラベル表示に明示するように JAS 法(農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律)で規定されている。学校給食に提供されている鯨肉はこの調査捕鯨の鯨肉で汚染の問題はない。

水銀汚染などが極めて高いという批判(一部報道)は、この「鯨肉汚染」は多くの場合イルカの内臓などを分析した結果のことである。

ただし、無視していいというわけではなく、厚生労働省も研究班を作って鯨肉の汚染について調べ、イルカ肉など汚染度合の高いものについては食べ方の基準(摂食指導)を出している。すべての鯨肉が汚染されているような報道は、完全に誤報であり、関連する情報や対策も公開されている。

世界の捕鯨状況

現在でも捕鯨は世界各地で行われています。これらの捕鯨は、過去にアメリカやイギリスが行った、鯨油だけを目的とした浪費的で乱獲につながった捕鯨ではなく、長い歴史と独特の文化に根ざした、クジラを食料などとして有効に無駄なく使う持続的捕鯨です。

現在、世界で行われている捕鯨は、次のタイプに分かれています。

1.先住民生存捕鯨[ICRW附表第13項(IWCによる決定)]

2.ノルウェーの商業捕鯨[ICRW第5条(モラトリアムへの異議申し立てによるもの)]

3.IWC非加盟国による捕鯨実績

4.IWCの管轄外にある小型鯨類の捕獲

IWCで管理対象としているのは、条約で定められた13種類の大型鯨類だけです。イルカ類などの小型鯨類は対象としていません。

小型鯨類は沿岸性の種類が多く、狭い海域ごとに多くの系統群に別れているため、IWCで一括管理するよりも各国、あるいは地域漁業機関で管理するほうが適切な措置が取れます。

これからの捕鯨

日本は、捕鯨に対して何を主張し、どのようにするのでしょうか。水産庁は、@鯨類資源は重要な食料資源であり、他の生物資源と同様、最良の科学事実に基づいて、持続的に利用されるべきである。A食習慣・食文化はそれぞれの地域におかれた環境により歴史的に形成されてきたものであり、相互の理解精神が必要である。との基本認識で取組みを進めています。

また、沿岸小型捕鯨業については、先住民生存捕鯨と同様、地域社会にとって重要な社会経済的、歴史的意義を持っています。従来、ミンククジラを対象として操業が行われてきましたが、商業捕鯨モラトリアム以降、ミンククジラの捕獲が不可能となったため、IWCの対象種ではない、ツチクジラやゴンドウクジラなどを捕獲して経営が継続されています。

このような沿岸小型捕鯨の伝統を保持する観点から、1988年以来、沿岸捕鯨でのミンククジラ50〜150頭の暫定捕獲枠をIWCに要求してきましたが、先に述べたとおり各国の理解は得られていません。

映画ザ・コーヴで、一方的な価値観で非難された「いるか類」については、IWCの管轄外であり、日本では、イルカ資源も他の水産資源と同様に持続的な利用を達成すべきとの観点から、関連道県の許可制度を通じてイルカ漁業管理を行っています。捕獲枠については、水産総合研究センター遠洋水産研究所が実施する調査結果に基づき、種別に資源量推定を行い、種別の捕獲可能量を算出し、漁業実態に合わせてイルカ漁業を行っている道県に配分されています。

これに対して、反捕鯨勢力は、いかなる捕鯨があっても鯨資源が危機に晒されるという主張をしていますが、IWCの科学小委員会では、多くの鯨類資源が今や高い水準にあり持続的に捕獲が可能であると結論付けています。世界の漁業生産量が頭打ちになる中、いまやクジラ問題は「捕鯨か反捕鯨か」だけでなく、海洋生物資源の利用で人間とクジラが競合する「食料問題」でもあります。食物連鎖の頂点にあるクジラ類だけを過剰に保護することは、かえって生態系のバランスがくずれて不安定になるかもしれません。商業捕鯨の復活に期待したいと思います。

参考

(2010.10)
(執筆者の所属、役職等は発表当時のものです)

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