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イタリア・スローフード協会を訪ねて

研究部長  中谷 康二

ヨーロッパ農山村調査の概要

今回参加したイタリア・スイス・ドイツ・フランスの農山村振興対策事業とグリーン・ツーリズム調査(主催:(財)都市農山漁村交流活性化機構、期間:平成15年10月20日〜29日、総員21名)の概要は下記の通りである。

  1. イタリアではミラノ近郊の果樹農家(洋梨)と、トリノ近郊の小さな街ブラにあるスローフード協会を訪ねたが、農家訪問では田舎に日本人が訪ねるのは珍しいのかパトカー先導で大変歓迎される。
  2. スイスではスイス経済省農業部や小さな村を訪ね、スイス農業の実態を聞く。
    特に、条件不利地域に対する直接所得補償制度や環境政策と関連した直接支払い制度などについて聞く。また、首都ベルンの世界遺産登録されている旧市街地・中央広場では朝市・夕市が開かれ、路面電車、トロリーバスが行き交い、わが地域の「まちづくり」に参考となるものが多くあった。
  3. ドイツではスイスとの国境近くのヴァルツフート郡庁を訪ね、”わが村を美しく”コンクールの実態を聞くとともにビルケンドルフ村では日独友好25周年にあたり村幹部との夕食懇談会・記念植樹があった。また、酪農家も訪ねたが、牛乳価格の安定を訴え、付加価値をどうつけるかが課題のようであった。
  4. フランスではディジョン近郊を訪ね、古い納屋を改造した小奇麗な農家民泊を経験した。また、グリーン・ツーリズム協会を訪問し、フランスにおけるグリーン・ツーリズムの実態を聞くとともに、パリ近郊の果樹・野菜農家も訪ね、少量多品目の野菜、ジャム、リンゴジュースなどの農産物直売所を見学する。
    帰国当日、パリ市内のカルフールでトレーサビリティシステムを見学する。牛肉については生産から流通の間の履歴は完備されていた。豚肉、鶏肉、加工品は製造工場までは100%追跡可能となっているが、野菜、果樹については使用農薬等の情報開示体制が一部導入されている程度であった。

いずれにしても、ヨーロッパ諸国は食料自給率が高い(フランスでは132%)ことからうかえるように、農業及び農村に対する強い国策と国民的理解が深いことを実感したのである。

以上が簡単な調査の概要であるが、その中で特にイタリアのスローフード協会に関して次の通り報告する。

はじめに

「スローフード」という言葉を始めて聞いたのは、昨年のNHK教育テレビの金曜フォーラム(ふるさとを伝えたい〜子供たちの「農」体験〜)の番組で、島村菜津氏が“スローフード運動”について語っていた。

スローなフード、つまり「手間ひまかけて、長い時間こころをこめて作る食事、地元の食材を使ってぐつぐつコトコト煮炊きする食事ということか」という程度の理解であった。何はさて置き、スローフード運動の発祥の地イタリアを訪ねることとなった。

イタリア北部・ピエモンテ州のブラという小さな町の一角にイタリア・スローフード協会の本部があり、中庭を囲むようにコの字形に建っている木造の二階建てのベランダにはゼラニウムが繁っていた。(花咲く頃は朱色の花が咲き乱れ、しっくい壁に彩りを添えるのであろう)その中庭の右側に協会の事務所があり、玄関にはカタツムリの看板がかけられていた。

この協会が運営する同敷地内にある2階のレストラン「ボッコンディヴィーノ」で、日本人スタッフによる応対のもとで食事(食材は勿論、地元の農産物であったのであろう)をしながらの学習となった。

以下、現場での学習や参考資料を踏まえ、「スローフード」について整理したい。

イタリアのスローフード運動

イタリアでは、1986年からスローフード運動が始まった。1989年にはスローフード協会が設立され、会員はイタリアの全国津々浦々に4万人近くを擁し、今では世界45か国、140都市に合わせて7万8千人の会員を持つ大組織になっている。

大量生産、大量消費という現代の食のあり方、それに伴う化学調味料や保存料などの添加物、流通の規格といったものが世界の味を均質化し、海を越えて輸入される食物が自国の農山村の暮らしを圧迫している。こうした世界的規模の食の均質化という大洪水(言い換えれば“ファーストフード”)から、失われつつある質の良い食品を守るという観点からブラという小さな町でスローフード運動が始まった。(日本人スタッフは「スローフード運動を新しいグローバリゼーションとして捉えている」と強調していた。)

近年、いろいろと新しい試みがすすんでおり、その中で特に「味の箱舟」プロジェクトがある。このプロジェクトは具体的な味の多様性の危機から始まったといわれている。20世紀に入って、ヨーロッパの農作物の75%の種は消滅し、家畜の半分が消えた。それは過去30年の農畜産業は化学肥料や農薬を多用し、単一品種をいかに効率よくつくるかという側面をもってきた。しかし、今日では環境問題が深刻化したなかで、多様性の保護こそが飢餓問題を解決する唯一の鍵と言われている。たとえば、アメリカで胴枯れ病がトウモロコシの収量を半減させたとき、大国の危機を救ったのはアフリカで見つかったこの病気に抵抗力をもった古い品種であったように。

こうした生産現場もさることながら、消費者の方も自分たちの食べているものに無関心で、均質化の洪水で溺れそうな自国の宝を掘り起こそうと、イタリアで「味の箱舟」プロジェクトに乗り出したのは、1997年のことである。各地に300近くある協会の会員たちが、いっせいに地元の宝探しを始めた。並行して、野菜や家畜の在来種に詳しい学者、各地をよく歩くジャーナリスト、森や海の環境問題に通じた人など10人ほどの専門家の会議が結成された。彼らが地方から推薦された農畜産物、伝統漁法、加工食品などを調査・検討していく。これと並行して、スローフード協会のメンバーたちは「箱舟」という雑誌を通じて、現地のものづくりを取材して、その価値を一般やマスコミに伝えていったのである。

こうして地方で掘り起こされた農畜産物を見てみると、トマト、ピーマン、そば、豚、カラスミ、(白い)肉牛、チーズなど多くの品種が挙げられている。

「味の箱舟」の基準は、まず、それが美味しいこと。そして原料から地元で作られ、土地の歴史や風土と結びついていること。小さな生産者によるもので、限られた生産量であること。現在あるいは将来、消滅の危機に瀕していること、遺伝子組み換え食品でないことなどである。多様な味を守ることは、いろいろな味を楽しむ権利を守ること、子供たちの心を育む大切な教材を守ること、そして鳥や昆虫や野花のような自然そのものを守ることに通ずるといえる。

スローフード協会としては消費者に正しい情報を広く伝えていくという考えから世界中の会員に送られている季刊誌「スロー」がある。それはスローライフを促進するための雑誌になっている。また、発足から3年目に出版された「オステリア」ガイド本がある。これは庶民的な食堂という意味で、地元のワインがそろっている一杯飲み屋や郷土料理を提供している素朴な食堂を紹介している。最近ではイタリアで増えてきた地元の農業に密着した宿、ワインセラー、郷土料理のレストランなどを紹介している。このように食べ物の質、安全性、それに経済性をポイントにしたガイド本として消費者から好評を得ており、そのことがスローフード運動の指針が正しいことを確信させている。

スローフード協会の運営面を見ると、基本的にはNPO法人であるが、そこに働く人の人件費や印刷費などの運営費は何で賄っているのか。その財源となっているのは会員が支払う会費、公共・私的機関からの寄付金、イベント時の収益などのようである。

おわりに

スローフード協会を現に訪問して、改めて感じたことは、スローフード運動を通じて、失いかけつつある人と人のつながり、家族のつながり、地域と地域のつながり、自然と人とのつながりを今一度呼び戻し、地域内で物心両面にわたり循環させていこうということなのか。

最近、和歌山県JA大会の記念講演で、作家五木寛之氏より「こころの風景」と題した話を聞く機会があったが、終始、含蓄のある講演にいつになく感動した。その中で「今は乾いた社会である。これからは潤いのある社会が求められる。憂いのこころをもち、しなやかに生きるべきである。そして泣くことも大事である」と。

島村菜津氏は「スローフード運動は食を核にした人、自然、環境などの関係修復運動である」という。スローフード運動も五木寛之氏の話もこころの回復運動という点で重なるところがあるような気がする。

(2004.3)
(執筆者の所属、役職等は発表当時のものです)

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