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ヨーロッパ農山村調査団に参加して(印象記)

研究部長  中谷 康二

今回の(財)都市農山漁村交流活性化機構が主催する調査団に参加した動機は、研究所における平成15年度政策研究の一つのテーマである「地域内循環」を担当していたことと、個人的にはこれからの自分なりの夢づくりと実現のきっかけをつくろうとしたことからである。 

今回の調査の道中で、特に印象に残った一コマを紹介したいと思う。

(1)イタリアでは

時差のため長い一日の夜遅く、1.5度目の夕食をとった後、ホテルの近くにあるミラノ中央駅を訪ねる。駅舎は屋根の高い歴史的建造物そのもので、そこには長いエスカレーターが敷かれていたが、それほど違和感はなかった。一緒に行ったメンバーの誰かがここは映画“アンタッチャブル”のロケ地であると言っていた。(そういえば長いエスカレーターのシーンがありました。)

右端の車が“プント”
右端の車が“プント”

現在、私の小さな愛車はイタリア・フィアット社の“プント”であるが、トリノにフィアット本社があることをはじめて知ったわけで、市内に“プント”が多く走っていることに大変共感を持ったのである。イタリアは人口の2倍位ほど車が多く、それは車好きという国民性もあり、またイタリア人は肩と肩がぶつかるのを嫌う「わが道を行く」という国民性からでもあるようである。こうしたことから、さすがにトリノの中心地は車、車で、車道の両サイドは車が一寸の隙もないほど駐車しているという状況であった。

「スローフード協会」を訪ねる途中のイタリア北部一帯は米作地帯で広大な農地が一面に広がり、今は収穫を終えたあとで、どの農地もトラクターできれいに耕していた。イタリアの米はインディカ米で、生産量の2/3は輸出しているようである。イタリアでは日本のようにふっくら炊く習慣はなく、“パエリア”のように米に味をつけるのである。そうした米が主流であるが、最近では日本からの種子を基に、“いたこまち”、“いたひかり”が栽培されている模様。
また、高速道路の両サイドの広大な農地の周囲は雑木林が続き、その間に農家が点在しており、日本の農村風景(とくに和歌山)と異なるところであった。 和歌山での農村風景を見るとほとんどこうしたところがなく、わが地域(岩出町)ではとくに年々農地そのものが減少している状況のなかで、小さな面積であっても、こうした風景を後世に残していきたいものである。

(2)スイスでは

アルプス越えをして、首都ベルンのホテルに着いたのは午後3時ごろ、夕食まで3時間ほどあったので、ホテルを出て、旧市街地を散歩した。ベルンの旧市街地は世界遺産に登録されているまちで、町並み、アーケード、時計台、教会、路面電車、中心地の広場と朝市・夕市等々、さすがに歴史を感じる素晴らしいまちであった。大聖堂へは快く入場でき、一時の静寂を味わうことができた。その後、市街地を離れて橋を渡って遠くから市街地周辺の景色を見ることができたが、ここからの眺望は素晴らしいものであった。

路面電車
路面電車
旧市街地
旧市街地

条件不利地域であるエメタール地方のシャグナウ地域を訪ねる途中の村落をバスで通過の中、民家の庭で家庭菜園が見られたのであるが。スイス農業は酪農が中心であることから、農地のほとんどは牧草地であり、バス通過の周辺では野菜が栽培されている農地はほとんど見られなかった。これだけの広大な農地になぜ野菜が栽培されていないのであろうか。農業の歴史、気候、土壌等の生産条件から生産されない地域かもしれないが。(他の地域では栽培されているのであろう?)

スイスの農業では、農業の国策としての方向づけは国民投票で決めていくという。農業に対する国民的理解が十分得られているというのが大きな強みと自信となっている。日本では食料自給率が40%の状態で国民的理解が得られているのか。過去、高度経済成長期に農村から労働力の流出が始まり、今では農村では過疎化がどんどん進んでいる。しかしながら今、農業・農村の持つ機能が見直されつつあり、農業体験等を通じた都市と農村の交流があらゆる場面で深まりつつある。農業の役割や農村の良さを体感し、将来、農村にどんどん人が集まり、定住者が増加することを信じている。

(3)ドイツでは

村内にあるホテル前の通り
村内にあるホテル前の通り

本などや15年ほど前に訪ねた頃からのドイツへの印象は「家庭生活は実直で、慎ましやかで、心豊かな」のような印象を持っているが、郡庁やビルケンドルフ村を訪ねるなかで、その印象どおりであった。日本の家庭生活も似たところがあり、また見習うところもある。

ドイツからフランスへ列車で向かう中、一旦、スイス・ベルンへ戻って、そこからフランスへ行くこととなったが、朝であったこともあり、ベルンへ戻る途中では川面に霧がたちこめ、幻想的であった。
そう思わせたのも、川の周辺は雑木林が生い茂り、さらには日本のようにコンクリートが敷き詰められた川が全くないからか。日本でも最近では全国的にビオトープ化が進んでいるが、ドイツが先駆的に取り組んでいる一例を見たような気がする。

(4)フランスでは

ディジョンの小さな村へ3班に分かれて、農家民泊を体験することになった。第1班が宿泊する周辺ワインぶどう畑の中の高台にある小さな村ではどの建物も絵になるもので、後にゆっくり訪ねたいところの一つであった。また、第2班が宿泊する小奇麗な農家では、垣根に植えている獲り残ったぶどうの一房を失敬して食べてみたが、何とも甘く濃厚な味がして、なるほどこれがフランスワインになるものかと驚いた。(ワイン用のぶどうを少し栽培しているが、勿論それは比べものにならない。)第3班である大所帯の我々の班は、少し離れた周辺小麦畑の1.5キロ四方程度の小さな村で宿泊する。そこはスコットランドの夫婦が3年前この地に移り住み、古い農家を改造・改装して始めたと女主人に聞く。夕食に出る前と翌早朝に2回にわたり、最上階の屋根裏部屋で寝るこことなった4人のメンバーで、この小さな村を隅々まで散歩・探索したが、ここもまさしくフランス絵画の世界であった。特に売り家となっている古い民家はそのものが油絵であり、これをもとに下手な油絵を描こうとあたためている。

農家民泊した小さな村 宿泊施設(ジット)
農家民泊した小さな村と宿泊施設(ジット)

パリ近郊のフォンテンブローにあるグリーン・ツーリズム協会を訪問する前に近くのとある大きな宮殿(城)を訪ねた。
この建物の中に入ることなく、城内を見て回った程度であったが、田舎のまちにしては相当歴史があるような城で見応えがあった。(日本でも各地に歴史のある素晴らしい城がたくさんあります。)

城内の門から中庭をのぞむ
城内の門から中庭をのぞむ
グリーン・ツーリズム協会(左)
グリーン・ツーリズム協会(左)

グリーン・ツーリズム協会を訪ね、グリーン・ツーリズムの実態を聞いたのであるが、パリ市民は200〜300キロ離れた地域へバカンスに行くと言い、この地域へ は外国人利用者が多いと言う。日本人利用者が多いのか。この話を聞いて一週間ほどレンタカーを借りてフランスの田舎を訪ねたいと思った。しかし、運転はまだしも、話せないで迷ってしまわないかと先に心配してしまう。

パリ近郊の果樹・野菜農家を訪ねた。この農家の周辺では果樹・野菜農家は少なく、農産物はパリの市場と自宅にある直売所で販売しているようで、訪ねた日も指定の3時を過ぎるとひっきりなしに近くの人たちが買いに来ていた。日本でも、畑に隣接する道路際で無人販売等を個人的に行っている農家が見られるが、これからはこうした自宅に直売所を設けて、農産物や加工品を販売する農家が多く出てくるのかと思えた。現在、少なくとも私の住んでいるところではこうしたケースは見られない。

(2004.3)
(執筆者の所属、役職等は発表当時のものです)

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