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「少子化」時代の子育て

主任研究員  小川美弥子

楽しく子育てを

「少子高齢化」という言葉が新聞の見出しなどに使われてから久しく、そしてますます進行しているのが現状です。「少子化」の原因は、未婚化・晩婚化によるもの、また経済的な理由により出産を控えるケース、雇用形態から将来の生活に展望が持てず、結婚や出産を諦めるケースなどがあげられます。「少子化」が与える子育ての環境などへの影響や分析は少し横において、「少子化」と言われる時代の中で子育てに奮闘している世代の一員として、「少子化」時代の子育てを振り返ってみました。今読んでいただいている方は、男性(父親)の方が多いと思いますが、一女性(母親)の子育て奮闘記にお付き合いください。

最近、地域で子どもの声があまり聞こえてこないということに気付かされます。子どもは、生まれてから「家庭」「地域(近所)」「学校」「社会」と徐々に生活範囲を広げていきますが、「少子化」により地域に関わる機会、すなわち、子ども同士の縦横の関係や大人と子どもの関係を学ぶ機会が少ないままに成長していくという現象が起こっているのではないでしょうか。

核家族化、少子化が進んでいますが、時代がどうであれ、子育てをすることには変わりなく、少しでも楽しく子育てをしたいものです。子育てが未知の世界であるがゆえに悩み、ストレスとなることは少なくありません。子どもの健康、友達との付き合い方、学力などいろいろな悩みが押し寄せてきます。子どもを育てるのは大変な<仕事>なのです。ただ、相談相手がいるかいないか、またストレスを発散できる場があるかないか、そのちょっとした違いが子育てを「苦痛」と感じるか、「楽しい」と感じられるかの分かれ目となるのではないでしょうか。地域で子育てをしていくこと、親の立場から言えば地域の力を借りて子育てをしていくことが楽しく子育てをしていく一つの方法ではないでしょうか。

母親の<学校>参加

私は、住んでいる地域の方の力を借りて、「少子化」の現代の子育てが楽しくなったと感じている一人です。女性は、結婚すると生まれ育った地域から違う地域に生活環境を移すことが多いことでしょう。その場所が<街>のマンション、特にオートロックなどセキュリティの整ったマンションなどに新居を構えると隣近所との交流もどうしていいのか分からず孤立してしまったり、また、少し田舎のほうのまだ<地域コミュニティ>の言葉が生きている土地に嫁ぐと<○○さんちのお嫁さん>などと呼ばれ、住んでいる地域が自分自身の生活空間となるまでには、男性にはない苦労があるものです。

私は、フルタイムで働いており、朝早く家を出て夕方まで帰りません。職場には友人がいても家の近くに友人ができるどころか、隣人、ましてや3軒先の人の名前も知らない状態でした。そのような状況の中で私が地域の人と関わるようになったのは、子どもの学校でした。子どもが小学生になり、私の地域参加(一般的に使われている「地域参加」とは少し意味合いが違いますが。)が始まったといっても過言ではありません。始まりは小学校の役員です。誰もが敬遠したくなる学校の役員ですが、当たってしまうと引き受けざるを得ません。しかし、それが幸いして、役員会や行事に参加しているうちに、どんどん地域での知り合いが増えていったのです。(余談ですが、地元のスーパーマーケットで立ち話をするようになった時、「地元住民になったなあ。」と感じたものです。)学校での出来事も耳に入るようになりました。これは大きな収穫です。フルタイムで仕事をしていると子どもが学校であったことを母親に聞いてもらいたいと急いで帰ってきても母親はいません。仕事から帰ってくる頃には、(多分)輝いていた子どもの目はいつもの目に戻っていて、話すことも忘れているようでした。ある日の出来事を他のお母さんから聞いて「・・・なことがあったんだって?」と子どもに問いかけると、「そうそう、それがね・・・」と嬉しそうに話してくれたものです。ですから、学校の行事にも情報収集のため出来る限り参加するようにしました。

子どもが小学生のあいだは、授業参観のあとの学級懇談会にもほとんど出席しました。せっかく仕事を休んで学校に来ているのだから、子どもの学校生活を出来るだけ覗いて帰らねば損をすると思ったからです。私が参加した懇談会の参加者は、いつもクラスで10人足らずでした。「子どもは参観のあと帰宅してしまうので、帰らなければならない」とか、「下に小さい弟や妹がいて保育所や幼稚園に迎えに行かなければならない」とか、色々な理由があると思いますが、残念なことに参加する親は少数でした。しかし、私と同じように毎回出席する親がいて、少数であるがゆえに親しくなるのも早く、またここで友人が増えました。こうなると授業参観も懇談会も、子どものためだけではなく、自分のためです。子育てに行き詰まったとき、相談できる相手を見つける場所となっていきました。人生の先輩(両親や舅・姑)たちから教わることも多くありますが、やはり同じ年代で同じ悩みを抱えている親との交流は大切な宝です。また、担任の先生と、時には校長先生と情報交換をしたり、気軽に相談できる場でもありました。学校にわざわざ電話するほどでもない、でも他所の家の子どもさんはどうなんだろう、例えば、お金の使い方や帰宅時間など、そんな小さい悩みや相談事はこの懇談会が大いに役立ちました。

少年野球クラブ

私が学校を利用して地域参加し始めた頃、長男が地域の少年野球クラブに入りました。小学2年の春です。その日から、親も子も休日はグランドに通う生活が始まり、長男が中学3年の夏まで続きました。周囲のお母さんたちは「子どもに野球をやらせると、親の当番があって大変」と言っていましたが、私の場合、当番でない日も他に用事がない限りグランドにいたものです。もちろん、行くのは私の意志で強制されたものではありません。確かに平日はフルタイムで働いて、休日は平日より早起きをしてお弁当を作り、自分の身支度もして子どもと一緒に出かけるのですから、決して楽ではありません。今思えば「よくあんな生活ができたな」とも思いますが、その時は楽しかったので「大変」などと思いませんでした。私は子どもが頑張っている姿を見たいがために特に用事がなければせっせとグランドに通い続けました。そこでまた同じように毎週せっせと通ってくるお母さんたちと知り合いになり、私の<地域>が広がったのです。子どもがミスをしてがっかりしている、いいプレーをして喜んでいる、試合に勝った、負けたと家で報告を待つのではなく、一緒にその瞬間を共有できるのです。一石二鳥です。父親も同じです。子どもの同級生の父親同士の付き合いが始まり、父親の目線で情報交換が始まりました。また、子どもと同じ時間を過ごすことで父親と息子の意思の疎通も図れるようになったと私は思っています。だから、保護者の当番が大変だと思う前に、休日が仕事でグランドに来ることが出来ないお父さんやお母さんがいると、活躍している子どもを見て、「ああ、この子のお父さんやお母さんも見たかっただろうな。見せてあげたかったなあ。」と思ったものです。私の一方的な思いで、全ての親がそう思っているとは限らないことは重々承知ですが。

試合前のノック。監督・コーチは休日返上で毎週子どもたちの指導をしてくださいます。子どもたちは地域の大人と関わりをもつ貴重な時間です。無報酬、手弁当の監督・コーチには今も感謝の気持ちでいっぱいです。
子どもたちの一番の応援団。かつては私もこの中に。早起きもお弁当作りもなんのその、「和歌山市の頂点」目指して、ガンバレ!!
試合開始。緊張する子どもたちに監督が「エラーしてもいいから、思い切って行けよ!」と声をかけていました。子どもたちは「勝ち負け」よりも大事なことがあることも体で覚えていきます。もちろん審判員もボランティアです。
守備のときも、攻撃のときも親は子どもと一緒にハラハラドキドキ。この時間の共有が親子ともに貴重でした。今も「あの時の試合は・・・」など話題に上ります。

そして、子どもの中学の野球が終わり私の毎週の追っかけ生活は終わりました。私には自分の息子以外に子どもができていました。子どもの同級生、先輩、後輩だったいわゆるチームメイトです。彼らは、高校生、大学生になっても道で出会うと、こちらが気付いていない時でも寄ってきて挨拶をしていきます。知らん顔して通り過ぎても不思議でない年頃の子たちが、です。「頑張ってる?」と聞くと「ハイ!」と元気な返事と近況報告をしてくれます。親には反抗的な態度をとっていても、毎週一緒に過ごした<他所のお母さん、お父さん>にはまったく素直ないい子たちなのです。

グランドにいると、自分の子どもも他所の子どももありません。同じように世話をし、悪いことをすれば同じように叱ってきました。今になって思えば、自分の親に叱られたこともないような子どもがいる世の中で、<他所のおじさん>に叱られたり、<他所のおばさん>に面倒をみてもらったり、という経験はきっと彼らの心に何かを残しているのでしょう。彼らは、地域の大人に育てられた子どもたちです。

欲張りな私は、長女も利用して<娘>と<友人>を増やそうと、娘の中学校のクラブ活動(バスケットボール)の追っかけを始めようとしましたが、女の子の世界はなかなか難しく、試合観戦の許可が娘から出ません。試合会場までの車の送迎の時だけ、お声がかかるのです。でもそれも何回か<他所の娘>も車で送迎するうちに、親しくなりいろんな話をするようになりました。実の娘とはしないような会話の内容もあり、この年頃の女の子の考え方などもわかり、娘を理解するのに非常に役立ったものです。中学3年の最後の大会は娘の許可もおり、試合観戦にいき、他の保護者の方と話す機会が増えました。私の<地域拡大>は成功です。

子育て

子どもの世界を利用して親の世界を広げることが子育てを楽しくするのではないでしょうか。誰しも初めての子育ては不安です。同じ世代で同じように子育てをしている人がいろんな考え方を持っています。正しい子育てなど誰にも分かりません。「子どもは子ども、親は親」と線を引く子育てもあるかも知れません。そのほうが子どもはしっかりするのかもしれません。しかし、「少子化」時代の子どもたちは異年齢の交流は少なく、家庭という社会から地域という社会に踏み出しても、子ども同士の社会の中での成長はなかなか難しいように思います。それは子どもだけではなく、その親としての成長にも影響を与えているのではないでしょうか。出来る限り<子ども>と関わり、出来る限り<子ども>と一緒に何かをしてみることが、お互いによりよい環境を創り出し、成長を促すのではないかと思います。もちろんこの<子ども>とは、自分の子どもだけでなく、出来る限り広い範囲で自分の子どもに関わる<地域の子ども>のことです。

子どもは成長し、いつしか離れていくものです。毎週子どもの追っかけをしていた私は休日に何をしていいのかわからず、淋しいものです。しかし、高校野球の予選が始まると忙しくなります。いろんな高校に<息子>がいるので、毎日でも紀三井寺球場に応援に行きたくなります。そして、<息子>同士が対戦することもあるので、応援席には行けず、ネット裏の応援となります。どちらの高校が勝っても嬉しく、負けても悔しいという複雑な気持ちの観戦なのです。ここでも、同じように球場に通う親がいて、また情報交換が始まります。親同士のコミュニティも健在です。私の<地域>を広げてくれた息子に感謝、感謝です。

私にたくさんの<息子>がいるのと同じように、私の息子にも何人もの<父><母>がいます。嬉しいことがあると報告する<父><母>がたくさんいるし、また何か心配事があると、何人もの<父><母>が息子に励ましのメールを送ってやってくれます。

自分が住んでいる地域において、親子共に良き理解者・良き相談者を得ました。親も子どもも少しでも地域に入ることが出来れば「少子化」時代の子育てが少しだけ楽になるのではないかと思います。もちろん母だけでなく、父もです。

「小学校デビュー」

少し前に「公園デビュー」と言う言葉が流行りました。公園に参加するタイミングや公園の先輩たちとの付き合い方が週刊誌などに「デビューの仕方」として掲載されていました。しかし考えることなく「小学校デビュー」は必ずやってきます。入学式の風景も随分様変わりしてきました。最近の小学校の入学式は両親揃って出席する姿が多く見受けられるそうです。今年の春は、「大学の入学式に親が同伴」と新聞を賑わしていましたから、小学校の入学式に両親揃って出席するなどはごく普通のことになりつつあるのかもしれません。それがいいのか悪いのか賛否両論あろうかと思いますが、兎にも角にも入学式の日が「小学校デビュー」解禁の日です。「忙しいから」などといわずに「忙しいからこそ」このデビューを利用しましょう。職場とは違う世界が開けるでしょう。私が「小学校デビュー」した頃、職場の上司に「役員は面倒で嫌だ。」と愚痴をこぼしたことがあります。その上司からは「役員は手を挙げてでもやったほうがいい。子どものためだ。」という答えが返ってきました。その当時は全く理解できず、「本当にそうですか?」と半信半疑でしたが、今その意味がようやくわかるようになりました。せっかく子どもたちが親に<子どもを理解するための友人>をプレゼントしてくれるのです。特に「近所に友人がいない」と悩むお母さんには子どもからの最高のプレゼントでしょう。役員になる必要は特にありませんが、学校行事には時間が許す限り参加しましょう。PTAのスポーツ大会や文化活動、学校清掃など何でも参加して情報交換の場を<地域>で見つけましょう。

私が「小学校デビュー」してから十数年、下の子どもが小学校を卒業してから数年経ちますが、昨年から私は「小学校デビュー」した頃にPTA活動の一環で知り合ったお母さんたちとあるサークル活動を始めました。子育てを終えて高齢者と呼ばれる年齢になっても、住んでいる地域で子どもがプレゼントしてくれたたくさんの友人たちと楽しい日々を送ることがきっとできるだろうと、期待して。

(2009.7)
(執筆者の所属、役職等は発表当時のものです)

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