ホーム | サイトマップ | リンク

ホーム > レポート > 海外視察 > ポルトガルを旅して思うこと

ポルトガルを旅して思うこと

研究部長  崎山 頌一

2002年6月、夏期休暇をとりポルトガルを旅行した。リスボンにてレンターカーを借り、ポルトガルの中部を周遊した。途中で国境を越えてスペインのカセレスに入り、スペイン国内の「サンチャゴ巡礼路」の一つである「銀の道」と言われているルートをくだり、メリダまで行った。

自分に与えられた休暇と小遣いのほとんど全てを、年1回の旅行に注ぎ込んでいるのである。

私の旅行は、「できるだけお金をかけない」をモットーに、田舎巡りが多い。短期間に効率的に回るためにはレンターカーを利用する。旅のスタイルは滞在型ではなく、周遊型(通過型と言ったほうが良い)で、これは生来の貧乏症の故である。

ホテルは、到着日と最終日だけ予約し、途中は行き当たりばったり。夕方になると通りかかった町で、安いホテルを探す。ポルトガルに限らず、ヨーロッパのどこの町でも、安くて快適な宿屋を見つけることができる。今回の旅行で、1泊あたりのホテル代(ツイン:2人分)が最も安かったのはスペインのカセレスでの2,900円(食事なし)、最も高かったのはポルトガルのエボラでの8,200円(朝食付き)であった。

車での旅行は時間に縛られず、気ままな旅ができることが魅力である。最大の欠点は、目指す町にたどり着くのに、道に迷い、時間が掛かりすぎることである。ツアーのように効率的に観光地を回るのは不可能である。その分、ガイドブックにも載っていない町を見られる可能性がある。

ユーラシア大陸最西端 ロカ岬
ユーラシア大陸最西端 ロカ岬

さらに、車を運転して異国の地を旅行するためには、言葉の問題がある。私の外国語と言えば、英語が少し。できると言っても、トラベル英語もいいところで、かろうじて生きていける最低限の言葉しか話せない。英語の実力は、せいぜい中学2・3年生、間違っても高校生レベルには程遠い。それ故、外国でバカにされることも、しばしばある。英語で話しているのに、「英語で話してください」と言われた人もいると聞くが、そこまでの屈辱は経験ない。しかし、これに近いことは時々ある。上海の人民体育館近くのバスターミナルで大観園行きのバスを尋ねた美人の女性、マドリッドでのレンターカー事務所の男性係員など、今思い出しても腹が立ってくる。

しかし、私の貧しい英語力にもかかわらず、忍耐強く聞いてくれ、笑顔で何度も説明してくれる人の方がはるかに多いのである。かくして、海外旅行には下手でもいいから英語が必須となるのである。英語は度胸で通じるのである。

かの「地球の歩き方」を読むと、ポルトガルでは英語は通じにくいとある。昨年行ったチェコでも、そのようなことが書かれていたが、実際には、1泊1,000円程度の安宿でも英語が通じなかったことは一度もなかった。ポルトガルでも、しかりである。

しかし、町中で道を尋ねたりする場合やレストラン、バール(軽飲食の店)では、英語がダメなことが多い。それでも、単語を並べるくらいの人は結構いる。レストランなどで、言葉がわからない時に助けてくれる人に出会うことも多い。

ポルタレグレの町
ポルタレグレの町

ポルトガルに入り5日目、私はスペインとの国境近くの町、ポルタレグレに居た。旧市内のレストランに入ったが、言葉もままならず、ちょうど昼過ぎの時間で客が多すぎて店員に全く相手にされない。見かねたのか、地元の男性客の一人が英語で声をかけてくれた。「食事をしたいのだ」と言うと、メニューを持ってきて、何が食べたいのか聞いてくれる。「魚であれば、これがお勧め。3人であれば、これとこれの2皿で充分」と料理を選んでくれる。これを店員に伝えてくれた。

ちょうど店内のテレビで、ワールドカップ・サッカーの日本とロシアとの試合が中継されていた。美味しい料理を食べ終えた頃、サッカーは日本の勝利に終わり、思わず歓声をあげてしまった。それまで我々に全く関心を示していなかった回りのテーブル人達が一斉に立ち上がり、「おめでとう」と言いながら握手に来る。ちょっとした感動であった。

ホテルやレストランでは、言葉が通じなくても何とかなる。困るのは、何かトラブルになった場合である。幸い、これまでにトラブルらしきことに出くわしたことがなかったが、今回、山道で車が故障すると言う初めての経験をした。

リスボン近郊のシントラの町を出て、次の目的地に向かう途中、中央線もない山道をかなりのスピードで走っていた。車を右側に寄せすぎ、タイヤが少し舗装部分から外れた。一瞬、大きな衝撃を受け、車体の下から大きな音がする。路肩に穴があったようだ。車を止めて覗き込むが、オイル漏れもなく、車体には全く損傷がない。再び車を動かすが、やはり異常な音がする。

レンターカー会社に連絡して、来てもらわねばと思うが、ここは山の中。遠くに人家が2軒ほど見えるだけである。道路から100mほど離れた場所で工事をしている人がいる。中年の現場監督らしき人に英語で話し掛けるが、英語が通じない。それでもポルトガル語と英語の会話が続く。知らない間に、こちらの言葉は日本語になっている。身振り手振りで車の故障を伝えるのは難しい。最後にレンターカーの契約書のファイルを見せると、「ここに電話すればいいのか」と携帯電話を取り出した。親切な現場監督のお陰で、1時間後にはレッカー車が到着。

スペインとの国境付近
スペインとの国境付近

車から降りてきたのは、ナッパ服を着た20歳過ぎの若い男性。この男性は英語を話し、しかも言葉が聞き取りやすい。車を修理する人が英語を話せるのには正直言って驚きであった。英語で話せることが、これほどありがたいと思ったことはなかった。故障は後輪のホイールの歪みで、スペアータイヤに交換して応急処置が完了。「リスボンの空港まで近いので、空港の事務所に行ってくれ。そこで車を交換する」と言う。一時はどうなる事かと思ったが、日程が多少狂ったものの、たいした事がなく幸いであった。

現場監督に携帯電話の通話料と若干のお礼をしなければと、監督のズボンのポケットに20ユーロ紙幣をねじ込むが、頑として受け取ってくれない。レンターカー会社の青年は、高速道路の入口までの道順を紙に書いて、丁寧に教えてくれる。さらに「スペアータイヤは丈夫だが、高速道路では80km以上で走らないで」などの注意を受け、高速道路に向かう途中の分かれ道まで誘導してくれる。このような親切を受けると、ポルトガルが好きになるのは当然である。

アモレイラの水道橋
アモレイラの水道橋

言葉が分からないけれども、なんとなく相手に伝わる場合が多い。それは、言葉が理解できないときは、体の動きや顔の表情で相手が何を言いたいのかを、その場の状況をも含めて推測するからである。海外での一人旅で、日本語だけで通して来たと言う“つわもの”もいると聞く。おそらく、その人には他人とコミュニケーションする特別な才能があるのだろう。

とは言うものの、言葉が話せないと、コミュニケーションには限界がある。リスボンの安宿の女主人に、「この国の印象はどうですか」とか「日本は暮らしやすいですか」などと聞かれた。私の頭の中にある「トラベル英会話集」には、このような質問に対する回答例はないのである。しどろもどの返事しか出来なく、この時だけは、もう少しまともな英語を話せるようになりたい、とつくづく思った。

国際化の時代と言われて久しいが、日本人の英語のレベルはどうだろうか。私達は中学生から英語の勉強を始め、高等学校卒業までに高度のレベルの英語を学んでいるが、それが身についていないように思う。大学入試には約1万の英単語が必要と言われているが、多くの人は学校卒業と同時に英語を忘れ始める。そして、10年も経てば、すっかり忘れてしまっている。せめて、高等学校卒業までに英語の日常会話が体に染み込んでしまうようなカリキュラムが必要だ。

世界一の産出を誇るコルク樫の林
世界一の産出を誇るコルク樫の林

ポルトガルの国民一人あたりのGDPは日本の半分にも満たない。国内にはこれと言った産業も無く、失業率も高く、EUの最貧国と言われている。遠くから見るポルトガルの町並みは美しいが、町中に入ると、さほど美しさを感じない。高速道路の整備は、他のヨーロッパの国と比べ充分とは言えない。それでも、離れた町に行く場合、幹線道路が整備されているので、日本に比べ格段に短い時間で移動できる。

このポルトガルを旅して、改めて感じたことがある。それは、観光に関しては、日本は、まだまだ後進国であると言うことである。日本は社会経済の多くの分野で目標としてきた欧米に追いつき、もはや欧米には手本とするものは無いと言われたりしている。しかし、観光だけは別のようである。

観光の歴史や国民性などの違いもあるが、ポルトガルをはじめヨーロッパの国々には、お客の懐具合に合わせた多様な宿泊施設がある。見知らぬ町でも、容易に快適な宿屋が見つけられる。加えて、異邦人に対しても、それなりの心温まるサービスがある。飛び込んだホテルが満室の場合でも、近くのホテルを教えてくれる。小さなホテルでも、ほとんど英語が通じる。町中でも、2、3人にあたれば、必ず英語の話せる人がいる。

バスコ・ダ・ガマ橋
バスコ・ダ・ガマ橋

どの町にも観光案内所があり、どこかの国のように看板だけと言うのではなく、観光客にとって無くてはならない施設として機能している。また観光地は、常にきれいに清掃されている。海水浴シーズンでない時でも、海岸は毎朝きれいに清掃されていて、美しい海岸を散歩できる。旧い町中でもしかりである。

和歌山の観光地も最近ずいぶん整備されて来たが、両者を見比べると差は歴然としている。施設等のハード面では和歌山の方が確実に勝っている。和歌山の場合は、観光地を美しくしようとする気持ちが徹底されていないように思える。

さらに日本と大きく違うのは、その地で出会う人々の異邦人に対する応対と言うか、ホスピタリティがあることである。もちろん例外もある。不当な料金を請求する者や冷たい応対の人もいる。それは、たいてい有名な観光地や都会のことで、しかも一部である。地方の町で、そのような経験は、これまで皆無である。

聖アントニオ祭の前夜(リスボンの下町にて)
聖アントニオ祭の前夜(リスボンの下町にて)

1996年(平成8年)、運輸省(今の国土交通省)は「ウエルカムプラン21」を策定し、外国人観光客の倍増を目指して取組んできた。しかし、インバウンド(訪日観光客)の振興について業界や国民がそろって共鳴し、力を合わせて行動することになっていなく、その成果は一向にあがっていないと言われている。

地域におけるインバウンドの振興には、観光関係業界をはじめとする受け入れ体制の整備への取り組みが重要であるが、これは一部分である。地域全体の国際性、文化性のレベルが問われているように思えるのである。この意味で、我が和歌山のインバウンド推進の道は遥か遠い。

(2002.12)
(執筆者の所属、役職等は発表当時のものです)

このページのトップへ