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「インドネシア」ってどんな国?

研究部長  櫻井 明

1.はじめに

上司から、インドネシア出向を命ぜられたのは、1996年末のことであった。出張に追われ家内に相談もせず、突然、食事中に「来春には、バリで待っているから」と伝えた時の家内の顔を鮮明に記憶している。

私にとってインドネシアは約20年ほど前、訪問する機会はあったがその時点では諸事情から結果として訪問することも無く時間が経過していた。

海外出張はそれまでに、数十回経験していたが出張と駐在は気持ち的にも全く違う。ばたばたと日は経過していく中で、インドネシアがどんな国かを調べる以前に、物理的にやらないといけないのが、予防接種である。コレラ、肝炎、破傷風・・・時間があれば他にも・・・。これは他のアジア諸国も同様で特に驚くことではなかった。しかし、「ところで、犬は好きですか?」との質問に「大好きです」と返答したところ、「それなら、狂犬病は是非やって下さい」との先生のまじめな言葉にはびっくり。「狂犬病の予防接種は犬がやるものでしょう」と尋ねると「インドネシアの犬は予防接種をしていないので、代わって人間がやるのが一般的」とのこと。

大きな希望と同時に大きな不安も抱えて、関西空港を飛び立つ日を迎えた。

2.「インドネシア」ってこんな国

年間に約35万人の日本人観光客が訪れる「最後の楽園」と言われるバリ島はあまりにも有名である。それに対し、首都ジャカルタではビジネス関係の日本人駐在員は1万人を超えているが観光客に出会うことは殆どない。バリ島の文化(宗教的意味合いが大きい)、生活様式他がインドネシアを代表した物と理解されている傾向にあるが、宗教的に見てもバリ島のヒンズー教は全体の2%に過ぎない。そこでここでは全体の約90%を占めるイスラム教の国、インドネシアを私の5年間の駐在生活を基本に紹介することにする。

1)国土・人口・気候・料理

インドネシアとはどんな国なのかを国土、人口、気候、料理から説明することにする。まず、インドネシアは1万5千個を超える群島国家で赤道上に広がった国土の総面積は約190万平方キロ、日本の約5倍である。そして、【図‐1】に示すように東西の距離、東はパプアニューギニアから西はスマトラ島西端までの距離は5,100kmであり、その距離はアメリカ合衆国の東西幅よりも長い。(これは球体の地球を平面に地図化する時、緯度の高い国は実際より大きく表される⇒メルカトール図法の影響)

【図−1 インドネシア地図】
インドネシア地図

そのことからインドネシアには時差も3つの時間帯になる。国内全体会議の開催時間などでは必ず、何処時間の何時かを明記する必要がある。

人口は2.38億人で中国、インド、アメリカに次ぐ世界4位である。そして、その人口の60%が首都ジャカルタのある総面積比約7%(インドネシア第5位)のジャワ島に暮らしている。そのジャワ島の人口密度は814人/km2、カリマンタン島17人、高地居住で知られるイリアンジャヤでは、たった4人となっている。しかし何れにしても正確な国勢調査などは実施されていないことから推定の域は超えないのが現状である。

しかし、気候的には、【図‐2、図‐3】 に示すように、気温は年中27度前後と東南アジア諸国の中では比較的過ごしやすい環境と言える。ただし、これはご存知の百葉箱、つまり風通しのよい日陰での温度であり、実際炎天下ではアスファルトも溶け出すのがよく見かけられる。

【図−2 気候:気温比較】
気候:気温比較

また、降雨量は日本が、梅雨と台風来襲の季節に増加するのに対し、インドネシアでは、乾季と雨季に区別される。一般的に、月を英語表現した時のスペリングに“r”が“ない”月が乾季、May, June, July, August と言われている。確かにその他の月には“r”が全て含まれている。お疑いの方も実際書けばご理解頂ける。

【図−3 気候:降水量比較】
気候:降水量比較

インドネシアでも食料基盤である米作りは、田植えなどしない。もみ米を無造作に田一面にばら撒くことで始まる。それも一斉にすることはない。個人々が種をまいた時が種まき、だから日本では絶対見られない、発芽間もない苗と刈り取り寸前の稲穂が同時に一ヶ所で見る事が出来る。

しかし、この季節変化のない事が今後の業務遂行にとって大きな課題となるとは当初予想もしていないことであった。

次ぎに、現地に暮らすために、重要な食生活を紹介する。イスラム教徒は豚を食べないことはよく知られている。この理由はコーラン(聖書)で不浄として禁じられているからである。なぜ豚を忌避するかの理由は、牛や羊また鶏に比べ伝染病(豚ペスト)が見られることに由来している。同じくイスラム教徒が近寄せないのが、犬であることも共通した理由で、狂犬病を持っていて危険な動物であると言伝えられているからである。

インドネシア料理ってどんな料理と出張者に聞かれると、私は「いろいろ工夫して、食べても体に問題がないように調理した料理」と返答した。と言うのも、冷蔵車でないトラックで炎天下の中を数時間かけて食材を輸送するのが極普通で、市場に出た魚の状態はおよそ日本の比ではなく傷んでいる。それを調理するには、ココナッツ油で骨までしっかり揚げるのがもっとも一般的な調理方法である。渡航前から、工場の社員食堂で食事を彼らと共にする、いわゆる同じ釜の飯を食うのが目標と考えていた私だが、上記のように現実は決して甘いものではなかった。毎日が揚げ物のメニューであり、これまでの日本人出向者で最大1週間が限度らしい。そこで、赴任後1ヶ月は、自宅でメイド(後に詳しく説明する)の作る食事を取りメイド菌に耐性をつける助走段階を経て、社員食堂デビューとなった。周りからの怪訝な視線の中、スタッフからは「大丈夫か」の声が掛かる。それでも1ヶ月も過ぎた頃には、「あいつは大丈夫、好きで食べている、心配は無用」となり、視線も、声掛けも消滅した。それは私の辛いもの好きが幸いしてインドネシア料理に欠かせない「チャべ」(日本の醤油に相当)という唐辛子と油少々を石臼でペースト状のしたものを彼らが驚く位、白飯に塗って、赤メシにして食べていた。胃を辛さで刺激し胃液を分泌させることでバクテリアが侵入しても充分に対抗できる仕組みを身につけていたことになる。この結果、出向の5年間を社員食堂で昼食を取り、かつ、内科の病院の場所も知らないまま過ごせたことは大きな自己満足である。

「チャべ」への感謝は忘れず、現在も愛用している。

しかし、「旨いインドネシア料理を食べたい」との、日本から出張してきた上司の言葉には困惑したものである。

2)インドネシア語との格闘

「郷に入っては、郷に従え」に従って、インドネシア語との付き合いが始まった。

まず手始めに、インドネシア出向者にとってバイブル的存在として著名な教本を習得するため、家庭教師を探した。先生も見つかり、いよいよ週1回、2時間の「勉強」が開始された。

いわゆる40(歳)の手習いとして、47歳の膝の後ろに汗しながらの勉学、予習、復習の甲斐あって、6ヶ月で2章を除いた42章を制覇した。そこで、自分のインドネシア語のレベルを確かめたくて、教本を片手に「この内容は理解出来る、喋れる、書ける。ところで、こちらでは何歳位になるか」と工場のスタッフに尋ねた。結果は「6歳」と明快な答え。当然気持ちは奈落の底へ。しかし、気を取り直し、プラス思考で「半年で6歳までの学力になったのだから、大したものだ」と自己納得することとした。今でもこの格闘の線引きがされた教本は思い出の一つとして書斎の本棚で保管されている。

ここで、面白いインドネシア語をいくつか紹介しておく。「飯はナシ(nasi)、魚はイカン(ikan)、菓子をクエ(kue)、人はオラン(orang)が、死ぬのはマテ(mati)」 ほかにも語呂合せ的なのも沢山ある。好き:スカ、名前:ナマ、笑う:ゲラゲラ、同じ:サマサマ、飲む:ミノム 他。

私の大好きなインドネシアの挨拶がある。出張者が工場を出発する時、彼らは「スラマット(平穏である)ジャラン(道中)」 「道中が無事でありますように」との言葉で見送る。そこで、帰国者には説明して慣例に従い「スラマット ティンガル(住む)」 「あなた方も平穏で」と返答してもらうことにした。

3)イスラム教とは

インドネシア住民の90%近くはイスラム教信者である。イスラム教国の朝は礼拝への参集を呼び掛けるモスク(教会)からの放送で始まる。内容的には「アッラー(唯一神)は偉大である」「礼拝は睡眠よりまさる」と呼び掛けているらしいが我々には意味不明である。私のアパートも例外ではなく、毎朝5時前から隣接する2個のモスクからのステレオ放送。おかげで朝寝坊の私に取っても有り難い目覚ましとして毎朝利用させて頂いた。

イスラム教に、右手は清浄、左手は不浄との教えがあることはよく知られている。(インドネシアのトイレには日本のようにトイレットペーパーは無いのが常識で、その代わりが左手、つまり用を済ませた後、水洗いする時に左手を使う)

インドネシア人の食事はその手を使っての手食が一般的である。もちろん使うのは右手、右手の中指と人差し指でご飯を集め親指で支えてスプーンのようにすくい口に運ぶ。彼らに言わせると、まず、指で味わいそして、口でさらに2度味わうのだそうだ。もちろん熱い状態で料理を出すことは彼らに喜ばれない。「猫舌」ならぬ「猫指」の人がインドネシアには多いことになる。

1年もした時、突然、指で食べるのが旨い理由が分かった。「指」の漢字は、手偏に旨いと書く。なるほどとそう言うことかと納得した。同様にこれだけ衛生観念が発達した日本でも「にぎり鮨(すし)」は手で食べる。つまり、魚偏に旨いと書く「鮨」を手偏に旨い「指」で食べるとさらに旨いことに共通する。

また、右手、左手に関連して他にも、子供の頭を手で撫でることは我々日本人からすると単なる挨拶と考えていても、もしそれが左手であれば大変なことになる。イスラム教徒からすると、神が宿る頭を不浄の手で汚したと最大の侮辱に取られるから注意。

また、イスラム教徒には5つの義務(行)が課せられている。1)信仰の告白、2)礼拝、3)喜捨、4)断食、5)巡礼 である。詳細は省くとして、これは1)2):1日5回の礼拝の時、「アッラーの他に神はなし」と声に出し信仰の告白をする。そして4):年に1ヶ月は、毎日、日の出から、日没まで飲食を断たなければならない。これは、子供、病人、妊婦を除く全てに要求される。5):アラビア半島の聖地メッカへの巡礼は教徒の一生一度の憧れではあるが、費用の関係で実現出来るのはほんの一部に過ぎない。ここで最も厄介なのが、「喜捨」である。3)「喜捨」の基本概念はイスラム教にあるところの「富める者は、貧しき者に与えよ、そすれば、あなたは救われる」である。その典型的な会話の具体例に、こんなのがある。

「お前は日本人だろう、お金をたくさん持っているはずだ。俺がおまえの金をもらってやる。そうすればお前は喜捨が出来て来世は救われる」。これは会話?いや一般的には、恐喝と言うのでは。やはり、一人で町を散歩するのは控えるのが得策。

4)インドネシア人気質

インドネシアでは先に述べた通り、雨季、乾季はあるものの、年中27度の気温の元に生活基盤が成り立っている。つまり、季節が巡らない、真さに常夏の国である。日本で極当たり前の「季節支度」、もうそろそろ秋、冬が来るから夏物、から秋冬物にしなければと準備が始まる。しかし、彼らの生活の知恵、思考回路にはその準備を必要と考える回路そのものがないように思われる。だから、ここインドネシアでは、あの有名な「アリとキリギリス」の話は成立しない。何故ならお分かりの通り、ずっと夏で冬が来ないから蓄える必要がない。彼らは「キリギリス」、我々のみが「アリ」。業務上で考えると「段取り」「予測」が非常に苦手である。これは彼らの先祖から遺伝されているもので簡単に修正されるものではない。

一般的に言われているところの、【偽善】毎日敬虔なイスラム教徒の振りをしてお祈りをしている。【無責任】何か失敗をしても「勝手にそうなった、私に関係ない」とまずは責任逃れをする。【迷信深い】幽霊の存在を信じ、時には幽霊を言い逃れのネタにする。病気も真剣に祈祷師を頼りにする。確かにこれらも当ってはいるが、私には、「段取りの必要性、重要性を理解してもらうのには、根気と時間が掛かる」が実感であった。

5)生活における、メイド

仕事で疲れ自宅に戻ってもそこには、日本語が片言、習慣も違う「メイド」が待っているだけ(事情あって5年の内の最初2年は単身赴任)、肉体的にはともかく、精神的に休まる環境ではなかった。

イスラム教のメイドと暮らすにはまず、理解して貰わねばならないのは@トイレ後の手洗い習慣、A上布巾と雑巾の使い分けと言った、衛生上の基本である。@は先にもあった真さに左手の件そのもので、当然料理の際右手一本では何も出来ない。左手で食材を押さえて切る。その時の左手は・・・・・。ともかくトイレの後は石鹸で手洗いをすることをお願いした。また、Aは彼らの育った家庭環境から来るもので、机(食卓)もなく地面に座り込んで食事をするのが一般的であることから、雑巾で食卓を拭くことに対する違和感は全くない。上布巾と雑巾の観念がない彼女にこの点を理解してもらうには時間が必要であった。でも、@Aが完全に守られたかは疑問である。日本の常識が世界の標準ではないことを思い知らされた。

3.「インドネシア」で仕事をするには

1)櫻に似た樹を捜せ

仕事に関連した、日本の文化、考え方、技術をインドネシアに移植する手段の切り口を求めていた私はある時、インドネシアでの長期在住経験のある方の「日本の技術は移植出来るか」といったレポートを発見した。真さに天の声と思った。しかし本文の数行後には結論として、「移植は出来ない」とあった。事例として、理由はこう説明されていた。

『インドネシアで日本の櫻を見たいと考える櫻の花の好きな人がいた。そこで、日本から櫻の木を運んで、インドネシアに植えつけた。しかし、季節のないインドネシアでは花をつけることは無かった。(厳密には冬に移植すれば、寝過ごしたとして、花をつけるが、それきり二度と花はつけない。何故なら、秋、冬が無いから次の開花準備に入ることが出来ず、ストレス状態になると言う) それではどうするか。まず、遠目で櫻の花に似ているインドネシアの木を探す。そして、時間を掛けて少しずつ、櫻の花に近づくよう時間を掛けて改良の努力することが近道』とあった。つまり、現地の人の中で、自分のまた、日本的な考え方に少しは近い、或いはそれが少しでも理解できるスタッフの育成がポイントとなる。ただし、その時、時間を掛けてでも、目標に少しでも近づけて行く事に最大の努力が必要なことは言うまでもない。

2)5つの「あ」がポイント

せらず』『わてず』『きらめず』

  • 文化の違いを埋めるには時間と根気が不可欠、亀のようにゆっくりでも目標を粘り強く目指す。小さな一歩、確実な一歩を積み重ねる。

てにしすぎず』

  • 「分かった」との返事にも安心せず、結果の確認を繰り返す。

などらず』

  • 指導、挫折を繰り返しても顔に出さないで我慢する。出せば負け。

5年の駐在生活から、職場、家庭に共通してのインドネシア駐在の心得はこのような結論に至った。

4.おわりに

5年間の駐在の終え帰任を命ぜられた時、ふと考えた、「インドネシアをどれ位、理解出来たのだろうかと」

赴任前に考えていた、南国のインドネシア、南十字星の見える椰子の木陰で・・・。

しかし、ここは世界屈指のスモッグの街ジャカルタには空がない。治安が悪く一人で歩けない。衛生的にもまだまだ発展途上。雨季には50cm位の灌水は日常のこと。これらの現実はいやでも理解は出来た。

しかし、彼らの微笑み、従順さの奥にある本当の気質、国民性とは何なのかは考えれば、考える程にこのインドネシアの奥は深く、とうとう、どこまで理解出来たかの結論は出ないで終わった。

「スラマット ティンガル」とジャカルタの街灯りに心の中で叫びながら、5年間の駐在生活にピリオドを打った。

5.追記

インドネシアに出向、駐在されもっとインドネシアを理解されている諸先輩からのご異論があると考えますが、これはあくまでも私の経験を基本にして駐在当時に、感じ、経験した事柄を掲載したものであり、相違点があればお許し頂きたいと思います。

(2005.11)
(執筆者の所属、役職等は発表当時のものです)

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