ホーム | サイトマップ | リンク

ホーム > レポート > まちづくり > 地方都市における「都心」変遷の“姿”とは IV

地方都市における「都心」変遷の“姿”とはIV 〜県庁所在都市の比較研究〜

元研究部長  田 朋男

1.前号までのレポート“要点”について

前号までに掲載したレポートの要点としては、和歌山市と同様、新潟市においても最高地価点が、それまでの都心商店街であった「古町(ふるまち)」から平成元年に「JR新潟駅前」へと移動していた。この現象(「都心商店街から交通の結節点への最高地価点の移動あるいは移転」)は、新潟市と和歌山市の特有なものなのか、あるいは全国の地方都市(県庁所在都市)に共通した現象なのか、この時点では“謎”であった。

前号のレポートではこの現象を解明していくため、先行研究の少ない「ストロー現象」について筆者の仮説をもとに考察を加えた。

今回の最終章としては、県庁所在都市における最高地価点の移転について比較考察し、和歌山市の特有の現象なのか、それとも地方都市(県庁所在都市)に共通する現象なのかを明らかにするとともに、都心変遷の“真の姿”について論考を進めていきたい。

ただし上記の絵はがきの写真は、溝端佳則氏のご協力を得たものである。撮影場所は「本町2丁目周辺」と「ぶらくり丁」である。

2.本研究の特長と分析方法

「都心商店街から交通の結節点への最高地価点の移転」について調査分析するため、前号においては、微視的なアプローチとしてストロー現象の空間的な構造性について分析を行った。今回の巨視的なアプローチとしては、県庁所在都市における最高地価点の位置を調査し、その位置が「都心商店街」に存在しているのか、ストローの“くち”に当たる「JR駅前」に存在しているのかを調べ、市場統合の過程について論述していきたい。なお、本研究の前提としては、地価は基本的に収益力を表すものと捉えている。先行研究においても「本来、土地の価格や価値は土地が生み出す収益によって決まり、土地の収益は、生産活動全体が生み出す収益の中から分配されるもの」(植村・佐藤[2000],5頁)としている。

2.1 調査対象の県庁所在都市

調査対象地都市としては、三大都市(東京都、大阪市、名古屋市)並びに人口100万人を超える政令指定都市を除く県庁所在都市とし、具体的には、青森市、盛岡市、秋田市、山形市、福島市、水戸市、宇都宮市、前橋市、新潟市、長野市、千葉市、甲府市、富山市、金沢市、福井市、岐阜市、静岡市、津市、大津市、奈良市、和歌山市、鳥取市、松江市、岡山市、山口市、徳島市、高松市、松山市、高知市、佐賀市、長崎市、熊本市、大分市、宮崎市、鹿児島市の以上、35都市である(ただし、さいたま市と沖縄市は除いている)。また、平成26年8月20日〜9月26日にかけて、現地ヒアリング調査を実施した都市(岐阜市、奈良市、和歌山市、熊本市)を除く31都市の中心市街地活性化の担当部署に対し電話によるヒアリング調査を実施した。そして、その調査結果を踏まえた研究であることを申し添える。

2.2 使用データ

県庁所在都市における最高地価点を把握するため、地価公示及び地価調査は使用せず、路線価(国税庁財産評価基準書)を用いる。その理由は、地価公示及び地価調査のいずれもが、その都市の主要地点を何カ所かピックアップして公表しているため、必ずしも最高地価点とは限らない。それに対して路線価は都市全体にわたる地価を明示しているため、調査漏れになることがないためである。

3.県庁所在都市における最高地価点の移転状況

国税庁の財産基準評価書により、35都市を昭和54年から平成26年まで路線価を調査すると、最高地価点に関して次の3つのパターンが確認できた。即ち、@最高地価点が都心商店街からJR駅前に移転(もしくは移動)したケースA、A最高地価点が移動せずそのまま都心商店街の存在するケースB、B最高地価点が移動せずそのままJR駅前に存在するケースCである。

この3つのケースのうち、ケースAだけが、明らかになんらかの都市構造の変化を伴っていると考えられる。和歌山市の事例研究において指摘したように、いわば狭義の都心が移転したということである。そしてこの変化は相対的に都心商店街が衰退し、相対的であってもJR駅前が興隆したことを示している。

また、専門品をターゲットとした市場統合が進展する指標として、百貨店に着目し調査したところ、調査対象の35都市すべてに百貨店(日本百貨店協会の会員)が存在した。ただし立地場所については様々であるが、ほとんどすべてが都心商店街エリアとJR駅前エリアの二つに大別することが出来た。このため、高級専門品を多種類品揃えし、しかも対面販売による接客対応している百貨店の立地場所もストロー現象を考察するうえで必要と判断した。いわば百貨店とは縦に延びる専門店街であることから、市場統合の動きへの関連性が極めて高いと考えたからである。また先行研究においても「最寄品やほとんどの買回品にはストロー効果はないが、専門品にはストロー効果があり、これらを扱う百貨店や専門店が影響を受けているといった結論が得られる」(向井[2008],1頁)としている。

従って、35都市のうち、高次の商業機能である大手百貨店が、JR駅前に立地しているケースと都心商店街に立地してるケースがあり、これも合わせて判別できるように整理したのが、W―第1図表である。

W―第1図表

(注)昭和54年〜平成26年までの国税庁の財産評価基準書により調査作成した。また百貨店は日本百貨店協会の会員とした。ただし東京圏・名古屋圏・大阪圏とは、当該都市から高速鉄道より近接の大都市圏への1時間圏内。圏周縁部とは、100分以内。圏外が100分を超える都市。ただし平成26年10月の時刻表に基づく平日の午前8時台における最短の時間距離である。なお、奈良市のみ近鉄奈良駅前とした。理由は、近鉄奈良駅が奈良市の玄関の役割をしており、最高地価点の場所だからである。

このW―第1図表から判別できることとしては、まずケースBにおいて11都市すべてが、最高地価点のある都心商店街に大手百貨店が立地進出しているが挙げられる。一方、ケースCにおいては、水戸市を除く12都市すべてが、最高地価点のあるJR駅前周辺に大手百貨店が立地進出している。そしてケースAであるが、和歌山市と長野市を除く9都市が、都心商店街に大手百貨店が立地進出している。また、都市構造の変化が明らかでないケースBとケースCから、24都市中23都市が最高地価点の周辺エリアに大手百貨店が立地していることが分かる。それに対して、都市構造が明らかに変化したと考えられるケースAにおいては、立地している2都市に対して立地していない9都市とバラつきが見られる。これは仮に最高地価点が移転したとしても、百貨店という大規模施設を移転するためには、莫大なコストが伴う。このため百貨店という大規模施設は、極めて硬直的な立地となっており、そのことの表れであると考えられる。以上のこれらのことから、大手百貨店と最高地価点の立地関連性が極めて高いと推察する。

また東京圏・名古屋圏・大阪圏内に位置する8都市のうち、都心商店街に最高地価点があるのは、宇都宮市のみである。それ以外はすべてJR駅前に最高地価点が存在する。さらに周縁部に位置する5都市を加えた場合も、13都市中11都市が都心商店街ではなくJR駅前に最高地価点が存在している。換言すると、三大都市圏内の影響下と考えられる都市の場合、都心商店街が衰微もしくは形成されず、ストローの“くち”であるJR駅前周辺に最高地価点が存在し、しかも高次の商業機能(百貨店)が集積されていると考えられる。

その一方、都心商店街に最高地価点が存在している都市は11あり、そのうち10都市は三大都市圏外に位置しており、都心商店街へのストロー現象は生じていないと考えられる。以上のことから、三大都市圏への小売引力の影響が認められると推察する。

さらに都心商店街が形成されなかったケースCを除く、ケースA及びケースBの23都市について、「大都市圏との時間距離」と「都心商店街とJR駅前との最高地価額の比較」を行うことによって、都心商店街の活性化が大都市圏との時間距離とどのように関係しているか、調査を行った。それがW―第2図表である。

W―第2図表

(注)平成26年までの国税庁の財産評価基準書により調査作成した。なお都心商店街並びにJR駅前のいずれも、その近辺での最高地価額とした。ただし奈良市は図表9と同じで近鉄奈良駅で設定。また時間距離は、図表9と同じ設定である。

まず近接した三大都市圏のいずれかからの時間距離が、200分以上の都市が8都市あり、そのうち7都市がJR駅前より都心商店街の方が高い地価評価額を示している。そして100分以上200分未満の5都市では3都市がJR駅前の方が高くなっている。また、100分未満の都市が9都市あり、そのうち7都市がJR駅前の方が高い。

一方、都心商店街の最高地価額がJR駅前の最高地価額の倍以上になっているのは、長崎市、熊本市、松山市の3市で、いずれも大都市圏から200分以上の時間距離がある。それ以外で都心商店街の方が、評価額の高い都市が8都市あり、そのうち100分以上の都市が6都市となっている。

最後に、時間距離と都心商店街の活性化具合の関係性から三大都市圏外と目されるにもかかわらず狭義の都心が移転したのは、次の5都市である。即ち、新潟市、金沢市、山口市、富山市、佐賀市。これらのうち新潟市、金沢市、山口市、富山市については、新幹線の整備もしくは開通への期待から、JR駅前に開発のベクトルが集中し、最高地価点が移転したと考えられる。従って、この4都市については、大都市圏へのストロー効果というより、JR駅前への開発のベクトルの集中であろう(電話ヒアリング結果)。そして佐賀市については、福岡市博多まで時間距離が約40分、直線距離にして約50kmとなっており、岐阜市や奈良市の事例から福岡市へのストロー現象が考えられる(電話ヒアリング調査結果)。大都市圏の影響ではなく、むしろ九州における大都市・福岡市博多へのストロー現象により、最高地価点が移転したと考えられる。

これらの考察を通じて、都心商店街の衰微要因のひとつに、ストロー効果を伴う三大都市圏の影響があると推察する。

本研究においては、和歌山市の事例研究から始めて、ストロー現象の空間的構造性について考察を行うとともに、ストロー現象の本質は市場統合のプロセスから生じる現象であることを明らかにする作業を行ってきた。そして、三大都市圏への時間距離がストロー現象の強弱を計る目安と考え、このことについても考察を加えた結果、都心商店街の活性化への一定程度の影響を指し示していた。また、今回の調査対象都市のすべてにスプロール現象が生じていることから、これに三大都市圏への時間距離の近接性、即ちストロー効果が重なると、都心商店街が衰退しているケースが極めて多い。具体的には、ケースA及びケースBから判断して、影響下にある8市のうち6市までが最高地価点が都心商店街からJR駅前へと移転していた。また、この狭義の都心の移転については、賑わいがストローの“くち”であるJR駅前へと吸い寄せられるように、最高地価点を伴って移転していったように見える。

これらのことから、今後の研究課題としては、三大都市圏へのストロー現象の数量的把握をはじめ、専門品及び買回品などの品目別による買い物行動範囲について更なる調査研究を必要としている。そして県庁所在都市から地域ブロックの中枢都市(仙台、広島、福岡)へのストロー現象についても重要な研究課題の一つである。

4.結 語

本研究のタイトルにした「都心変遷の姿とは」を一言で述べるなら“地方都市のコモディティ化”である。

この“コモディティ(商品)化”という言葉をもっとも端的に、しかもシンボリックに登場させたのは瀧本哲史著『僕は君たちに武器を配りたい』(講談社2011)ではなかろうか。

瀧本氏は曰く。
「私が京都大学の学生たちを相手に、『起業論』を指導するようになって4年が経った。教えているのは、成功したベンチャー企業のケーススタディを中心とした、実践的な起業論である。しかし内容は起業の話に留まらず『大学を卒業後、どうやって自分の価値を、資本主義の世の中で高めていくか』というのが大きなテーマとなっている。・・・・・あるとき私の授業を選択した学生の学部を調べたところ、驚いた。なんと学部別の割合で見ると、医学部の学生がもっとも多く私の授業を受けていたのだ。京都大学の医学部といえば、受験業界では東京大学の医学部と双璧をなす最難関の学部として知られている。また医者という職業も、昔から、高い報酬と社会的地位が得られる仕事の代表格である。・・・・高学歴、高い地位、高収入、三拍子そろった将来の約束されたように見える医学部の学生たち。なぜ彼らは、起業について教える私の授業を受けようと考えたのだろうか。不思議に思い、学生たちにヒアリングしてみると、彼らが自分の将来に明確な不安を抱いていることが判明した。『この国では将来、医者になっても、幸せにはなれない』そう彼らは感じていたのである。・・・・・彼らはメディアが報じるニュースだけでなく、リアルな実感を経て、『これからますます医者は買い叩かれる存在になっていく。これまでと同じような努力をしても報われそうにない』と気づいたのだ。・・・・・かつて高給な仕事の代名詞であった医師が、現在ではいわば『ワーキングプア』の仕事となりつつあるのである。そればかりではない。後に詳述するが、医者に代表される高学歴の人々が職に迷う状況は日本だけではない。世界中の先進国で、高学歴・高スキルの人材が、ニートやワーキングプアになってしまう潮流が押し寄せている。これまで大学が伝統的に提供してきた『知識をたくさん頭脳につめこんで専門家になれば、良い会社に入れて良い生活を送ることが可能となり、それで一生が安泰に過ごせる』というストーリーが、世界規模で急激に崩れ去っているのである」と。

つまり医師を含めた高度な専門職がコモディティ化してきていると指摘する。ここでいうコモディティ化とは、「市場に出回っている商品が、個性を失ってしまい、消費者にとってみればどのメーカーのどの商品を買っても大差がない状態」のことをいう。このことから市場という場において、「徹底的に買い叩かれる」そして医師といえども人材マーケットにおいて徹底的に買い叩かれる存在になりつつある。これがコモディティ化の実態であると指摘しているのである。

このことから、コモディティの一つの様態としては、いわばごくありふれた商品となってしまい、徹底的に買い叩かれるというものである。そしてもう一つの様態が存在する。それは、カール・マルクスが『資本論』で指摘したコモディティ(商品)から派生するものである。

『資本論』は次の有名な一節から始まる。即ち「資本主義的生産様式が支配している諸社会の富は、『商品の巨大な集まり』として現われ、個々の商品はその富の要素形態として現われる。それゆえ、われわれの研究は、商品の分析から始める」(カール・マルクス『資本論』新日本出版社)このマルクスの『資本論』でいう商品とは、原文でコモディティ(commodity)である。さらに、この資本論においては「商品は必ず一度貨幣転化する」と捉えている。換言すると貨幣形態との置換により、初めて商品となるのである。そしてこの運動形態に資本が加わると、資本主義社会においては、すべてのものを商品化の対象に捉えようとしてくる。このことから、思うに資本に内包する暴力的性格により、すべてを貨幣に置換しようとする働きが動き出すのである。これが社会の市場化である。社会が市場化すると、あらゆるものを商品化しようという資本の働きにより、すべてはカネ次第という潮流を生み出す。この潮流が濁流となり市民社会への悪影響を及ぼすと、警鐘しているのが「ハーバード白熱教室」で有名になったマイケル・サンデル教授である。

NHK・Eテレのスーパープレゼンテンション(2014年1月27日放映)にハーバード大学のマイケル・サンデル教授が登場し、次のような深刻な指摘を行った。

「皆で一度考えるべきこと。それは社会におけるお金と市場の役割です。今、お金で買えないものはほとんどない、カリフォルニア州サンタバーバラの刑務所ではお金を払えば普通より良い部屋に入れます。・・・・・・この30年間、静かな革命が起こっていたのです。無意識のうちに変わってきている。市場経済を持つ状態から“市場社会”である状態へと。何が違うかというと、市場経済は生産活動を組織化する良いツールだが、“市場社会”はあらゆるものが売り出される世の中。もはや生き方も商業的発想や市場価値がすべてを支配するようになる。人間関係、家庭生活、健康、教育、政治、法律、市民生活。では“市場社会”になることを何故心配するのか?」このあとマイケル・サンデル教授は、すべてが売り物になったら格差問題が先鋭化し、人々の苦しみが増大する。そして格差を抱える人々が共存しにくくなり、民主主義を支える市民道徳や規範が失われていくと危惧していた。

つまりもう一つの様態とは、コモディティ化が“市場社会”を生み出すと言っても過言ではないということである。いわばお金が支配する社会の現出である。

上述した二つのコモディティについての捉え方を総括すると、コモディティ化とは、質的には同質の、ありふれた商品化であり、一方、外形的には貨幣による置換によりすべてのものが市場化していくことと捉えられる。従って、ありふれた商品になれば買い叩かれる存在となり、社会が市場化すればすべてカネ次第という世界観が広がる。

では“地方都市のコモディティ化”とは、何であろう。

それは、地方都市における都心商店街の位置づけと密接に関連する。都心商店街はほとんどの地方都市(県庁所在都市)において『都市の顔』としての役割を果たしてきた。例えば、和歌山市中心市街地活性化基本計画には、「本基本計画に定める中心市街地は,和歌山市を代表する『都市の顔』であるだけでなく『和歌山県の顔』でもあり,長い間和歌山城の城下町として栄え,歴史・文化を育み,市民のこころのふるさととも言える地域です」と記述している。これは和歌山市に限ったことではなく、中心市街地に関する多くの文献において『都市の顔』と指摘されているのである。

このことから、都心商店街が衰退すると、『都市の顔』の消滅ということに繋がる。いわば“顔”のない都市である。“顔”のない都市とは、「個性を失ってしまい、どの都市も大差のない状態」となる。これが“地方都市のコモディティ化”である。その結果、その都市が徹底的に買い叩かれる存在に近づくこととなる。例えば、住みたい都市や行ってみたい都市ではなくなってくる。特に住みたいとも思わない、行ってみたいとも思わない都市。すなわち都市の魅力が喪失しはじめる。

この“地方都市のコモディティ化”の罠から、抜け出す方法とは、どんなものがあるのだろうか。

質的には、模倣されにくい差別化戦略ということが考えられる。また、外形的には、貨幣に置換できないものを付加していくこととなる。理由は、市場社会においては、お金で買えないものが最も価値あるものとなるからである。

私の結論を述べよう。

地方都市(県庁所在都市)には、それぞれ違った「歴史」「文化」「伝統」がある。この「歴史」「文化」「伝統」は唯一無二のもので、いわゆる真似しがたいものであり、しかもお金では決して買えないものである。つまり「歴史」「文化」「伝統」を活かした、あるいは取り入れた“都市づくり”こそが、コモディティ化に抗する方策である。

附論1 人材のコモディティ化に抗するためには

医師を含む高度な専門職のコモディティ化から、「本末転倒」という四文字熟語が私の頭に浮かんでくる。広辞苑によれば「根本的な事柄とささいな事柄とを取り違えること」とある。しかしこの語源を江戸期まで遡ると、“本学”と“末学”とがあり、“本学”をなおざりにして“末学”を大切にすることが「本末転倒」の意となる。つまり“本学”とは本筋の学問で、“末学”は枝葉末節の学問との認識であった。では、“本学”とは何かと言えば、人格を磨き人徳を養う学び(人間学)のことを言う。一方、“末学”とは知識や技能でその時々における学問(時務学)のことを指す。従って、流行り廃れのある知識・技能を人間学(人格形成)より優先し、人としての徳性を育むことをなおざりにした場合が、「本末転倒」ということになる。

瀧本氏が指摘する『知識をたくさん頭脳につめこんで専門家になれば、良い会社に入れて良い生活を送ることが可能となり、それで一生が安泰に過ごせる』というストーリーは、“末学”を中心に学び、商品化した人材としてのスペック(性能)は磨くが、人として徳性を育むことが見落とされている。そしておそらく暗黙知として、お金が支配する社会を前提としている。つまり必然的にコモディティ化するべく、結果そうなっているのである。

それに対して、“本学”である人格を磨き人徳を養う学びであれば、出光佐三氏(出光興産創業者)と同様に「黄金の奴隷」とはならない。そして人徳や高い人格はその人物にだけ付随するもので、商品化できない。従ってコモディティ化しようがない。つまり「本末転倒」しないことがコモディティ化しない道である。

 「それ学は 人の人たる所以(ゆえん)を学ぶ」(吉田松陰)
 「一灯を掲げて暗夜を行く。暗夜を憂うることなかれ。只、一灯を頼め」(佐藤一斎)
 「人教えざれば道を知らず。道を知らざれば、すなわち、禽獣より害あり」(山鹿素行)

“本学”を江戸時代のカビの生えた、時代遅れの代物と断定してはいけないと思う。江戸時代の思想家(主に儒学者)は、まず言葉を清め、もって魂を磨き、そして行いを正していく、そういう人間学の真理というものを体得していたと私は考えている。
附論2 城崎温泉に見たまちづくりの“思想”とは

全国のどこの温泉旅館にでも置いているのに、城崎温泉の旅館だけ決して置いていないものは「何?」と尋ねたら、どう答えるでしょう。回答として多いのは1.「テレビ」2.「歯ブラシ」3.「時計」などである。しかしながら正解は違う。その答えを求めるためには、城崎温泉の歴史を振り返えなければならない。城崎温泉は、もともと平安時代から知られている温泉地で、七つの外湯から発達して温泉街を形成してきた歴史がある。そのため、当初、温泉旅館には「お風呂」がなく、七つの外湯に出掛けてゆく“外湯めぐり”が主体の温泉街だった。今でも城崎温泉では多くの客が“外湯めぐり”に旅館の浴衣を着て下駄を履き賑やかに街を行き交う、そして大谿川(おおたにがわ)べりの柳と相俟って独特の風情や情緒を醸し出している。つまり様々な浴衣姿で行き交う温泉客の賑わいが最大の魅力の一つである。いわば温泉旅館に客を囲い込むことなく、逆に温泉街へと誘導するのである。換言すると、客を旅館から一歩も出さずにお金だけを旅館内に落としてもらうやり方ではないのである。そして、これを可能にしたのが、“外湯めぐり”である。

城崎温泉は、この“外湯めぐり”から地域全体の「共存共栄」という精神を長く培い受け継がれてきた。正解を云おう。「土産物と喫茶コーナー」である。これは温泉街全体を「一つの宿」ととらえ、この二つを館内に設置しないことで、街の賑わいを醸し出し、通りの土産物店や喫茶店を支えていくという思想である。つまり『駅は玄関、道は廊下で、宿は客室。土産物屋は売店で外湯は大浴場。城崎温泉は一つの宿』である。ちなみに城崎温泉旅館協同組合の加盟の72軒中、68軒が売店・喫茶コーナーがない。七つ外湯を中心に発展したてきた経緯から、宿の大きさによって、湯船の大きさが決まり、湯船の大きさも規制している(城崎温泉旅館協同組合への聞き取り調査H25.11)。つまり顧客の囲い込みや一人勝ちの思想は微塵もない。そして、その「共存共栄」の“姿”は、多様な生物体で一つの群集を作り上げ、まるで秩序と調和のとれたコロニーを形成しているかのようである。
思うに、我々のまちづくりの“思想”もこういった「共存共栄」の精神を必要としているのではないだろうか。
【上記の写真は筆者が撮影】

参考文献

  • 向井文雄「ストロー効果のメカニズムと北陸新幹線、東海北陸道」北陸経済研究2008.9-10合併号
  • 植村修一・佐藤嘉子(2000)「最近の地価形成の特徴について」日銀調査月報2000年10月号
  • 室田篤利(2003)「地方都市における都心部空洞化と都市特性に関する研究」『運輸政策研究』
     一般財団法人運輸政策研究機構運輸政策研究所Vol.6 No.1
  • 「和歌山市中心市街地活性化基本計画」(平成17年3月)
  • 瀧本哲史『僕は君たちに武器を配りたい』(講談社2011)
  • カール・マルクス『資本論』新日本出版社
  • NHK・Eテレのスーパープレゼンテンション(2014年1月27日放映)
  • 百田尚樹『海賊と呼ばれた男』(講談社)
  • 豊岡市経済観光課の資料
  • http://www.mlit.go.jp/common/000223477.pdf

(2015.4)
(執筆者の所属、役職等は発表当時のものです)

このページのトップへ