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観光資源としての紀伊万葉

主任研究員  高尾 明宏

I.紀伊万葉集

万葉集4516首のうち、紀伊国(きのくに)[*1]で詠まれた歌は、107首とも130余首ともいわれている。「紀伊万葉集」と呼ばれるこれらの歌が詠まれる契機となったのは、天皇の行幸であった。

寺西貞弘著『日本史の中の和歌浦』(塙書房、2015年)によると、奈良時代における天皇の行幸は120回行われているが、そのうち、畿外への行幸は16回を数えるのみであった。

『続日本紀』に記録されている、文武天皇から桓武天皇までの9代の天皇が畿外へ行幸した回数は、聖武天皇の11回が群を抜いているほかは、1代あたり2回以下しかなく、一度も畿外へ行幸していない天皇も4人いる。奈良時代の畿外行幸は、それほどまれな行事であった。

16回の畿外行幸のうち7回は、藤原広嗣の乱に端を発する聖武天皇の宮都彷徨であり、2回は東大寺大仏建立に関わるものである。また、淳仁天皇の1回は、保良宮(ほらのみや)遷都に伴うものである。この10回の行幸は天皇が他所へ移動せざるを得ない事情に迫られてのものであり、純然たる行楽ではなかった。

基本的に、行幸は回数が極めて限られており、かつ移動距離も近距離なものがほとんどであった。結局、この時期、行楽を目的として天皇が畿外へ行幸を行ったのはわずか6例で、そのうち半数の3例が紀伊国に集中しており、奈良時代の行幸に占める紀伊国の特殊な地位が歴然としている。

万葉集には、現在の都道府県でいうと41都府県で詠まれた歌が収録されている。大和国で詠まれた900首は別格として、次に多いのは畿内(大阪府の大部分と、京都府の南部、兵庫県の南東部)周辺で、中でも大和から紀伊北部をとおり、和歌浦から海沿いに紀伊国の各地で詠まれた100首を超える歌は、近江国で詠まれた歌と並び万葉集の中で最も数が多い部類に入る。

紀伊万葉の特徴として、皇族、貴族の歌が多いこと、風光を称えたものが多いことが挙げられる。これには、紀伊国が、古くから天皇・皇族が好んで訪れたところであり(聖武天皇は即位の年に14日間も滞在した)、都人にとって身近な場所であったことが関係していると考えられる。

II.中・近世における和歌浦の再発見

和歌の浦は、和歌山市南部と海南市北部に位置する和歌浦湾をとり巻く景勝地である。和歌川の河口に広がる干潟を中心に、南は熊野参詣道の藤白坂から西は紀伊水道に面した雑賀崎まで、緑豊かな山並みと大海原を望むことができる。

奈良時代、弱浜(わかはま、現在の和歌の浦)を訪れた聖武天皇が、玉のように美しく島々が連なる眺望に感動して詔を発し、玉津島の神と明光浦霊を祀り、当地の風景を末永く守るように命じた。このとき陪従の中にいた宮廷歌人山部赤人が、当地の情景を讃えて詠んだ歌が、有名な、

若の浦に 潮満ち来れば 潟をなみ 葦辺をさして 鶴(たづ)鳴き渡る

である。

平安時代の歌人紀貫之が、和歌の聖典とされる『古今和歌集』にこの歌を採録したことから、若の浦は和歌の聖地として崇められるようになった。また、美しさが衣をとおして輝くといわれ、すぐれた歌人でもあった衣通姫(そとおりひめ)が、当地の「玉津神社」に鎮座する女神と一緒になって、和歌の上達を願う神様として祀られ、やがて一帯が「和歌の浦」と呼ばれるようになる。熊野参詣や西国巡礼の際に、時の関白や大臣までもが訪れ、多くの和歌や物語に詠み込まれた。

また江戸時代には、万葉歌や新古今和歌集に詠われた情景を描いた『和歌浦十景』が描かれ、数々の美術工芸品の題材となる。さらに、徳川綱吉の側用人であった柳沢吉保が、和歌の浦を模した庭園<六義園(りくぎえん)>を造営するなど、和歌の浦の風景は天下に名を馳せる名所となり、文化人たちの憧れの対象となった。

ちなみに、「和歌山」という地名は、豊臣秀吉が天正13年の紀州侵攻の際に、当時「岡山」と呼ばれていた土地(現在の和歌山市岡山丁周辺)に海の「和歌浦」と対比して陸の「和歌山」と名付け、城を建てさせたことに由来するともいわれている。

III.日本遺産としての認定

2017年、「絶景の宝庫 和歌の浦」のストーリーが認められ、和歌浦周辺の有形・無形文化財が、点在する個別のものではなく面的な歴史資産・地域資源として日本遺産に認定された。

和歌との深い関わりに歴史的価値が認められ、和歌の浦は、和歌山県だけでなく日本の宝としての地位を獲得するに至った。

わかやま歴史物語100 ストーリー71「万葉歌人が愛した紀伊国への旅 〜紀伊の海に沿って〜」(和歌山県観光振興課HP)より

IV.和歌山県における和歌に関連する活動や施設等の整備状況

1 活動等

全国的に万葉集への関心が高まったと考えられる令和元年度には、和歌山県において紀伊万葉をめぐる次のような活動があった。

○ 講座「第14回万葉玉手箱」2019年5月26日(紀伊万葉ネットワーク)


わかやま新報HPより

○ 万葉玉手箱『新元号「令和」を考える』 2019年7月20日(紀伊万葉ネットワーク)

○ 和歌浦ウォーク 2019年9月24日(和歌山市語り部クラブ)

  • コース
  • 玉津島神社〜奠供山(てんぐやま)〜万葉歌碑〜塩竈神社〜芭蕉句碑〜三断橋〜経王堂〜観海閣〜多宝塔〜妹背山〜芦辺屋別荘〜不老橋

○ 日本遺産シンポジウム〜万葉の時代から紡がれる和歌の浦の物語〜
  2019年12月8日(和歌の浦日本遺産活用推進協議会)

  • 基調講演 漫画家・里中満智子氏
  • 「今の観光は、良いものがあるだけではそこに来てくれません。モノよりもその場所に伝わる文化遺産が大事になります。」

○ 第10回紀の川万葉の里マラソン 2019年11月3日(NPO法人憩楽(いこら)クラブかつらぎ)

○ 和歌の浦短歌賞募集 和歌の浦部門・自由詠部門(一般社団法人紀州文芸振興協会)

このように、様々な文化・スポーツの催しが行われている。特に、日本遺産シンポジウムは参加者300人以上で、万葉学者、著名漫画家等を迎えた盛大なものであった。

2 施設等

○ 『片男波公園 万葉館』

和歌の浦に、万葉集の資料館として1994年7月にオープンした施設で、展示物等は以下のようなものである。

資料展示 万葉集の研究や万葉集と和歌山の関係について、また万葉集の時代や歌人について、実物や複製、解説パネル、タッチパネルなどを使い、さまざまな視点から多角的に展示。
万葉シアター ビデオプロジェクターとマルチスライドを組み合わせた映像と音響・照明効果等を使った多彩な演出により万葉の世界を物語で表現。
ギャラリー展示 パノラマのガラス窓から見える景観を取り入れ、絵画等を展示。
企画展示 和歌の浦水墨画展、押し花展 〜万葉の世界から未来へ〜、万葉日本画展など

○ 万葉歌碑 県内107基

○ 旅行企画

「紀伊国和歌山 万葉集の旅vol.2」が高野山麓ツーリズムビューロー[*2]により催行された。

ツアーの行程は、木本八幡宮 → 城ケ崎:妹が島(友ヶ島)万葉歌碑 → 加太休暇村 → 和歌浦万葉館 → 万葉の小路(こみち) → 玉津島神社 → 番所庭園(ばんどこていえん)[*3]

というもので、紀伊万葉の第一人者で全国万葉協会幹事を務める馬場吉久氏を先達として、万葉歌に詠まれた景色や歌の舞台となった史跡を1日かけて巡り、歌の解説を聞きながら万葉人の旅を追体験するという企画であった。

V.他県における取組

富山県高岡市は、奈良時代に越中国(富山県)の国府が置かれ、代表的歌人である大伴家持が、5年間国守として在任していた。同市では、「万葉」をテーマとした多くのイベントや、「万葉」に関心の深い全国の人々との交流など、「万葉のふるさとづくり」を推進している。

同市では約30年前から、郷土に愛着と誇りを持てるように、小中学生に万葉歌を暗唱させており、高岡市民は誰でも自分の気に入りの歌を持っている。

同市で1989年(平成元年)から続いている、三日三晩かけて万葉集4500余首を朗唱する毎年10月のイベント「万葉集全20巻朗唱の会」には、全国から参加申込があり、応募多数の歌については抽選で朗唱者を決めるほどの人気ぶりである。

また、鳥取市など、万葉故地が多い地域の自治体が積極的に万葉集を活かした施設整備やイベント等の取り組みを行っているほか、各地の民間団体が全国のネットワークを使って交流イベント等を実施している。

鳥取市は、万葉集の最後の歌が詠まれた地である。因幡国司として赴任した大伴家持が759年に新年の宴席で詠んだ歌が、最後の歌となった。

同市には、「万葉文化」をコンセプトに地域文化と観光振興を図ることを目的として設置された「因幡万葉歴史館」がある。同館では、大伴家持の生涯にスポットをあて、万葉人の心や感性に迫る展示などをしている。

島根県の「山陰万葉を歩く会」は、島根・鳥取両県の文化・経済の交流を目的に、講演会や旅行を実施している。

また、広島県福山市では「鞆の浦万葉の会」が、福岡県太宰府市では「大宰府万葉会」がそれぞれ活動している。

VI.和歌山県における万葉集活用の展開について

京奈和道の延伸により2つの「みやこ」との距離が再び縮まったことから、和歌山県における今後の展開は、以下のような基本方針に基づき推進することが考えられる。

  • 京奈和道を利用した和歌山との近さ・都人と紀伊国の縁を京都府民、奈良県民にアピールする。
  • 京都・奈良に来る観光客や歴史ファンへの売り込み(取り込み)も併せて行う。
(1) 観光

○ 万葉歌碑

複数の歌碑を結ぶルートを設定し、そこに付帯するストーリーを提供することで、旅行ファンや歴史ファン、ウォーキング愛好者を呼び込む。情報はweb上で公開し、観光協会のパンフレット(「紀伊万葉ガイドブック」)の該当ページをリンクさせる。また、ツイッターやインスタグラムによる広報を積極的に行う。

○ 和歌浦万葉館の活用

  • 万葉館と全国の類似施設とが連携したスタンプラリー的なイベント
  • 万葉衣装の貸し出し(紀伊万葉ネットワークが「万葉衣装de和歌の浦」として実施している。2019.10.6に第4回を実施)

○ メディアを通じた情報発信

  • TV、ラジオ、新聞、雑誌(タウン情報誌、旅行雑誌、カルチャー誌、カメラ雑誌等)への売り込み
  • インスタグラム(万葉植物、風景、写真に歌を添えて発信する)

○ 旅行会社への支援

高野山麓ツーリズムビューローの「紀伊国(きのくに)和歌山 万葉集の旅 Vol.1、2」には、熱心なファンが三重県松阪市や徳島県から参加しているが、県内の参加者が少なかった。
→県や市町村が広報等で支援。

(2) レクリエーション
  • ウォークラリーやサイクリングコースの設定。和歌浦・海南、紀の川流域、日高地域、西牟婁・田辺地域等、地域を分けて実施する。紀中・紀南地域に人を呼び込むために、コンプリートに対する特典を設ける。
(3) 教育・文化活動
  • 小学校・中学校の教材として活用することにより地元地域への関心、誇りを醸成する。
  • 万葉歌碑巡りとオプショナルツアー
  • フォトコンテスト 万葉人の感動を写真で再現
  • 県内関係市町によるリレーイベント
  • 和歌のコンクール、朗唱の会、歌会
  • かるた競技
(4) 民間の活動に対する支援

「紀伊万葉ネットワーク」等との連携を強化し、日本遺産「絶景の宝庫 和歌浦」を積極的に活用することで、県外からの観光客を呼び込み、地域おこしにつながることが期待できると考える。

また、これらの活動について、和歌山県や関係市町が他の自治体に協力を呼び掛け、全国的な広がりを持つ活動としていくことにより、相互の住民が関係人口となることが期待できる。

(5) その他
  • 「100のストーリー」で設定しているモデルコースと連動させたイベントによる集客。
  • 案内人の養成(紀伊万葉の内容、古代史(歌の時代背景、人物相関、地理など)、万葉植物の知識、日本文学史、日本宗教史等に造詣の深い人材を養成する。

VII.おわりに

和歌山県では万葉集に関わる文化遺産を活用できる余地がまだまだあると考える。今後、地域おこしの素材の一つとして、行政と愛好団体、ツーリズムビューロー、教育委員会、学校、商工会等の協働による取組が求められる。

高岡市の戦略である「ストーリーによる付加価値づくり」を和歌山県で実践するための「ストーリー」は、すでに「わかやま歴史物語」や「紀伊万葉ガイドブック」としてまとめられている。これらはパンフレットやホームページなどの静的なコンテンツのままにしておくにはあまりにもったいない魅力を秘めている。

「平成30年版 情報通信白書」(総務省)によると、日本ではSNS(ソーシャルネットワークサービス)として、フェイスブックとツイッターが多く利用されている[*4]。これらのサービスを利用して、魅力的な情報を大規模かつ継続的に発信していくことが有効であると考える。また、情報・レビュー共有サイトの利用者も多い(同白書)[*5]ことから、そのようなサイトを通じて和歌山旅行をプレゼントし、当選者を介した情報発信を行うことも考えられる。

また、政府は「持続可能な開発目標(SDGs)推進本部」を設置し、国家戦略としてSDGsを実施するための実施指針を策定し、さらにそれを受けて定められた「SDGsアクションプラン2020」において、「○建造物・美術工芸品を次世代に継承する/○伝統的建造物の健全性確保/○史跡等について、保存と活用を図る」としている。万葉集や和歌に関する史跡等の保存・活用は、古代にまつわるものでありながら、国の最先端の施策とも親和性が高いトピックなのである

参考情報

  • [*1]
    「紀伊国」は「きのくに」と読む。これは和銅6年(713年)に「雅字(良い文字)二文字で国名を表すように」との勅令が出された際に、それまでの「木国(読みは「きのくに」)」が「紀伊国」と改められたことに由来する。

  • [*2]
    高野山麓ツーリズムビューローは、行政とのパートナーシップのもと観光振興の一元的なプラットフォームを構築し、裾野の広い経済効果を地域にもたらすことを目的として2017(平成29)年10月末日に設立された団体で、和歌山県北部及び奈良県(3市4町(和歌山県橋本市、かつらぎ町、九度山町、高野町、紀美野町、田辺市龍神村、奈良県五條市))、真言密教の聖地高野山とその麓の歴史的、文化的、社会的、経済的な特性を活かし、観光振興並びにサポート等に関する事業を進めている。

  • [*3]
    番所庭園には、神亀(724年)10月に聖武天皇が行幸した際に、藤原卿が北側に広がる雑賀の浦の漁火を見て、詠んだといわれる歌の碑がある。

    「紀の国の 雑賀の浦に 出(い)で見れば 海女の燈火(ともしび) 波の間(ま)ゆ見ゆ」

    番所庭園は、万葉集に歌われた情景を今でも眼前に見ることができる貴重な場所であり、歴史愛好家や文学愛好家、花の愛好家(万葉植物、万葉花と呼ばれるものがある)に訴求する魅力を秘めている。

  • [*4]
    フェイスブック41.1%、ツイッター40.3%

  • [*5]
    情報・レビュー共有サイト47.0%

(2020.12)
(執筆者の所属、役職等は発表当時のものです)

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