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「街」の魅力を構成する6つの要素と“Third Place”について

研究員  谷 奈々

1.アーバン・デザインとは、情緒+都市の美

1970年代以降、地域固有の資産をいかした美しい街づくりや量から質への価値観の移り変わりの中で、都市デザインは、公共空間におけるデザインや景観創出およびそのコントロールの方策として論じられてきた。一方、それ以前の都市デザインという概念にイメージされていた、ある種の茫漠とした未来的期待感、夢、高揚感、あるいはその裏返しでもある街や建築、都市計画への熱い批判的渇望はうすれてきた。「夢破れて山河あり」のようだともいわれる。

1960年、アメリカのハーバード大学で、全米初のアーバン・デザイン学科が設置された。それは、1950年代後半から提唱され始めた、建築でも都市計画でもない新たな領域としての学問で、1956年に初めてのアーバン・デザイン会議が開催され、その後の都市デザインの確立への大きな契機となった。その動向は、留学生や大学と関係のある建築家、都市計画家らを通じてわが国へも紹介された。

当時、ハーバード大学の留学生であった建築家の波多江健郎・工学院大学名誉教授は、「アーバン・デザインが直ちにそのまま、日本の都市改造に適用されるとは考えられないが、日本で、建物を設計する場合の一つの考え方の根拠になれば…」との問題意識をもって紹介したと語っている。波多江氏はまた、シティ・プラニングとアーバン・デザインとの違いを、前者が、非常に機能性や利便性・経済性を重視したテクノロジーを中心とした考え方であるのに対し、後者を、人間の情緒やフィーリングを伴った具体的な形、人間的なものと物質界との平衡が、美につながるのであり、アーバン・デザインとは、つまるところ、都市の美を求めるものであるとしている。

2.ふだん着で憩う場としての市街地

ある街の光景――大都市ではないが、近郊に川や池があり、周辺の緑豊かな中に、低層の建物がきれいに並び、その所々に街のランドマークとなるような建築物(例えば、教会の尖塔や斬新なデザインの高層建築など。和歌山の場合は、お城もそれに当たる)が屹立する美しい街。その街の中心のストリートには、いろいろな小売店やサービス・ステーション、カフェやレストランが軒を連ね、ざわめき、賑わっている。

ストリートのいくつかのブロックは歩行者専用となっていて、そのモールのあちこちには、市民が寄付したシンプルなベンチが置かれ、老人や若者が日向ぼっこをしたり、談笑している。一画にある噴水に、保母さんや先生に連れられた近くの幼稚園児たちが戯れたり、からくり時計に歓声をあげる。レストランの前だけでなく、あちこちにオープン・カフェがあり、飲み物を手に、買い物客や老人や学生やハンディキャップのある人もみな、談笑したり、本を読んだり、行き交う人を眺めたり、通りかかった人と挨拶したり、パソコンでちょっと仕事をする人もいる。

中心から少し離れたブロックには、地元のメーカーの地ビール工場がビアホールを併設していて、カウンターやホールでは隣り合った知らない人同士でも友達になれるような雰囲気がある。年齢も性別も職業も、やって来た目的もそれぞれ異なる雑多な人々が、コミュニケートできる、そんな打ち解けた空気が街中に漂っている。――

用事がなくても、何となく足が向くこのような場が、わたしたちの住む街にないことはさびしいことです。

3.魅力ある街を構成している要素とは何か

米国の作家、テリー・ピンデルは、著書“A Good Place to Live”(住むのに素晴らしい街・1995)の中で、各地を旅した彼が考える素晴らしい街とはどのようなものか、経済活動が活発に行われていることを前提とした上で、街のよさ、魅力を構成する要素として、次の6つをあげている。

  • (1) The Cheers Factor ・・・(人々が歓声をあげたり、楽しく打ち解け合える場があること)
  • (2) The Foot Factor ・・・(自動車などに頼らず、徒歩で買物や用事などができる)
  • (3) The Cake Factor ・・・(文化的・自然的な快適さ、アメニティ)
  • (4) The Someplace Factor ・・・(ユニークなもの・どこにもない固有の何かをもつこと)
  • (5) The Comfort Factor ・・・(快適さ・居心地のよさ・気候のよさ)
  • (6) The Fudge Factor ・・・(意外性のあること ※Fudgeとは、柔らかいキャンディ)

4.“Third Place”(第3の場所)の重要性

“Third Place”とは、西フロリダ大学の社会学者、オルデンバーグが提唱した概念で、上記の“The Cheers Factor”の場ともなるものである。

すなわち、“First Place”が、家族がコミュニケートする場所、“Second Place”が、仕事仲間や勉強仲間がコミュニケートする職場・学校であり、これら両者が家族や仲間内という閉じられた場であるのに対し、“Third Place”は、不特定多数の人同士が出会い、集う、誰に対しても開かれた場で、特に都市で生活するためには、社会の中での精神のバランスを保つ上で必要といえる。

かつて江戸時代の日本では、浮世風呂や浮世床のような町民が自由に話し、くつろげる社交場が賑わった。17世紀のフランスのサロンは、ジャンルを超えた自由な思考や出会いの場であり、楽しみを共有しながら、相互に交流できる集まりであった。サロンの本質は、「会話」であり、会話を通じて、人を楽しませ、自分も楽しむことに最大の目的がある。そこから新しい価値が生まれ、さらに、ある種のマーケットが生まれてくる。

現代では、カフェや公共施設、ホールなどであるが、ストリートの商店街そのものや、地域の小公園など、住民だけでなく、来訪者や旅行者などにも開かれた憩いの場の存在が、その街の魅力を決定付けるといえる。そのような場の再生と集積が課題である。

また、オルデンバーグは、“Third Place”にふさわしいものとして、「スロー」であることをあげ、脅かすものとして、ファーストフードのような急いでものごとを済ます手法をあげている。最近、スローフードやスローライフが注目されているが、必然的な時代の潮流なのかもしれない。

このような試みを地域やコミュニティの形成に繋げていくことにより、街の賑わいとビジネス機会の拡大が期待できる。

5.倉敷市美観地区

倉敷市の美観地区(倉敷川畔伝統的建造物群保存地区)の形成は、戦後、クラレ社長の大原総一郎が、「倉敷を日本のローテンブルグにしよう」と、町並み保存を呼びかけたことが大きな原動力となっている。西ドイツ南部の中世都市の面影を色濃く残すローテンブルグは、大原氏がドイツ留学中に感銘をうけた観光地で、第二次世界大戦で焼失した町並みを見事に復元し、歴史が市民の生活の中に活かされていることに彼は感動したのである。

今日の美観地区への発展の歴史は、倉敷川の水運と備中綿の活用による倉敷紡績所を創業した大原孝四郎に遡る。そして、父の興した紡績業に金融業を加えて企業を発展させ、西洋美術に関心をもち、日本で最初の西洋絵画の公開コレクションである大原美術館を開設した大原孫三郎、さらに、孫三郎の遺志と遺産を継承し、美術館を増築し、民芸運動の理解者となり、また、倉敷国際ホテルの設計やアイビー・スクエア、古民家などの再生設計をすすめた同郷の建築家浦辺鎮太郎のパトロンとして、ローテンブルグ構想を実現させた総一郎へと続いたのである。

倉敷には、天領として繁栄した富裕な土地柄が土壌としてあり、江戸時代から進取の気風を養い、強い独立心をもった市民意識を育ててきた。そのような伝統、恵まれた資産と、すぐれたリーダー、町並み保存の思想と実践が、現在の倉敷を形づくっているのである。

6.文化発信の場としての地方

倉敷は、音楽でも、戦後間もない昭和25年に、フランスからピアニストを迎えて演奏会を開くなど、早くから世界と繋がり、地方の国際文化交流の先駆けとなった。その後も特にロシアの音楽家達との深い交流があり、この街を愛するリヒテルやロストロポーヴィチらが何度も訪れるなど、地方の文化活動の重要な拠点となっている。

現在の大原美術館理事長、大原謙一郎氏は、「文化の世紀といわれる今世紀において、首都東京が、世界に発するメッセージは決して多くない。しかし、地方は世界に訴えたい多くのものを持っている」と語る。

日本ではあらゆるものが東京に集中しているようにみえる。政府機関や企業の本社、メディアも文化的イベントも東京に吸引されている。しかし、それは「あらゆるもの」ではない。権力やお金以外の「よきもの」とは、わたしたち日本人の心と生活――日本の文化、歴史、伝統、風習、年中行事などの中に息づくものである。

一見、あらゆるものが手に入りそうな東京の、博物館や図書館、アーカイブなどでの疑似体験しかできない文化や伝統行事が地方にはある。その「よきもの」がそれぞれの地方の個性をつくっている。それこそが地方のもつメッセージであり、多種多様な世界に対して、語りうるものであろう。

7.新しい海外のトピックス

【ストレス緩和のための庭園・空間】

ニューヨークでは、テロ事件を機に、オフィスビルで働く人たちの不安やストレスを和らげるため、ビルの所有者がビルの内部や周辺に、植え込みや水の流れを効果的に用い、ベンチを配し、人々が集え、心休まる落ち着いた雰囲気の庭園や中庭を設ける動きが目立っている。

ニューヨークで1世紀以上、世界をリードしてきた大規模で先駆的な公共事業は、近年、環境保護運動やコミュニティの反対で停滞、停止していたが、世界貿易センタービルの再建を機に、地域に根ざした都会性および人間性重視の計画法との調和が求められている。

ロワーマンハッタンの再建計画は、世界貿易センター跡地からダウンタウン全域に拡大され、バタリー公園までの遊歩道や、住宅や文化施設などに囲まれたオープンスペースを跡地の南側に建設するための調査が提案されている。

【歩行者対策・パリ浜辺作戦】

イギリスでは、この25年間に国民の歩行距離が27%減少したといわれ、政府は新たな歩行者対策を立案中で、学童を安全に登校させる方法や、歩行者に優しい横断歩道、歩行に適した町―レジブル・シティなどが注目されている。

また、パリでは、自動車が占めているスペースを削減させるというパリ市長の政策の一環として、バカンス中の1ヵ月間、150万ユーロをかけて、セーヌ川を取り戻す新たな試みがなされた。川沿いの3.8kmの自動車道は、180立方メートルの砂や80本の椰子の木、パラソルなどで、人工の浜辺に変えられて人々に開放された。

保守的とされるフランス人の住宅観もやや変化し、快適さと実用性、安全性が優先されるようになった。環境への関心が高まり、鉛やアスベスト、白蟻などのチェックが法律により義務付けられている。

(2003.3)
(執筆者の所属、役職等は発表当時のものです)

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