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不安全行動の本質と対応について

研究部長  安井 尚人

1.はじめに

私にとって、数年前の物流会社(日用品の配送)代表時の業務が、安全についての意識を大きく変えた時期であった。物流センターから小売店まで、一日に約500台のトラックが日本中で運行しており、事故リスクの緊張で毎日を過ごしていた。そのような日々の中で、物流拠点を監査するのは重要な業務であり、年間に全国の60以上の拠点を訪問し、安全管理体制やルールの順守等を厳しく教育を行っていたが、人身事故(主に軽傷)はゼロにはならなかった。

そのような時に、ある拠点の荷揃えエリアに、スローガン「安全第一、今日も一日無事に家に帰ろう」を描いた垂れ幕を見つけた。その時、安全の本質とは、ルール徹底や会社リスク以上に、「従業員が、家族や身内のもとに無事な姿で帰る」ことを優先して考えなければならないことを痛感した。

その後、ルールの遵守(Know-How)だけではなく、自分の身は自分で守るといった個人の心理的な側面からの本人が納得できる思考教育(Know-Why)の導入を開始した。これが全ての要因ではないが、翌年は初めて、年間無事故を達成した。

現在、ものづくりの現場は、技術やシステムが高度化・複雑化し、人間が対応できる能力を超えた仕事を要求される環境にあり、日々大きく変化している。また、作業や設備に対する安全化が進んだ結果、逆に危険が潜在化している。

ここでは、「安全の要、最後は人」の視点から、身近な安全活動について、心理学や経験を踏まえて、不安全行動の本質と対策について考察する。

2.労働災害の推移

図表1に、厚生労働省の「労働災害調査」による製造業の労働災害の度数(災害の発生頻度)及び、全産業の事業所規模との関係を示す。製造業の現場は、効率化や標準化やIT技術の導入が進められ生産性は向上し、安全性も配慮されてはいるが、労働災害は増加傾向にある。また、事業所規模は小さくなるほど度数は高くなっている。

この原因は、一概には言えないが、団塊の世代の多くが定年を迎えたいわゆる「2007年問題」への対応の影響ではないかと推測される。「2007年問題」が取りだたされてから、多くの企業では、作業のマニュアル化や技術の可視化により、暗黙知の明示知化が行われた。

しかし、実際の現場では、マニュアル化し切れない要素も多く、本当に必要とする暗黙知のレベルまで技能継承が先送りされ「2012年」、「2017年」等、5年毎に取り上げられている。これまで、コスト削減を進めながらも、維持してきた「現場力」が、団塊世代の大量退職をきっかけに弱体化した結果の一つが労働災害であり、特に事業所の規模が小さくなるほど影響が大きい。

心理学者レヴィンは、「人間の行動は、人格と取り巻く環境の関数」として、
  B=f(P, E)
  B:Behavior(行動)
  P:Person(人格)
  E:Environment(環境)
「行動方程式」を示している。

労働災害は、多くの現場では、マニュアル化されていない要因が多くあり、E(環境)を制御することは難しく、P(人格)が安全行動を左右する場合が多いと思われる。「2007年問題」によって失われたのは、ものづくり技術だけでなく、安全に関するP(人格)の伝承についても注目する必要がある。

3.「ハインリッヒの法則」の本質

多くの人は、「ハインリッヒの法則」という言葉を一度は耳にしたことがあろうかと思うが、1:29:300の部分のみを引用して、本質について理解している人は少ない気がする。「ハインリッヒの法則」は、米国の損害保険会社の安全技術者ハーバート・ウィリアム・ハインリッヒが5,000件以上に及ぶ事故事例を根拠にして導き出した統計的な経験則である。

図表2に示すように、1つの重大事故の背景には29の軽微な事故があり、さらにその背景には300のインシデント(事故になる可能性)が存在するというもので、330種類の事故の重篤度の比率ではない。また、330種類の下には、さらに数千に達すると思われるだけの「不安全行動」 と「不安全状態」 が存在することも意味している。

また、ハインリッヒは、「5つの駒のモデル」も提唱しており、事故や災害は偶発的なものではなく、その背景には多くの不安全が存在し、それらの要因が、連鎖的に重なりあっており、1つの重大事故へと繋がってゆくことを示している。逆に、「不安全行動」 と「不安全状態」を無くすことが、災害防止の決め手になることを意味している。

ハインリッヒが最も強く主張しているのは、「安全」の対義語を「危険やリスク」ではなく「不安全」においていることで、日々の不安全行動と状態を自らが主体的に管理することの重要性を最も訴えたかったのではないかと思われる。また、1世紀近く前に発表されたこの「経験則」が今なお引用され続けていることは、時代の変化や技術革新があっても、人間の行動特性は大きく変化していないことを示唆している点も興味深い。

次に、このような不安全状態をなくすための人間の行動について、1)作業者の視点、2)管理者の視点、3)新しい安全行動の視点について、人間行動および心理面からのアプローチについて考察を行う。

4.作業者の視点

労災発生の鍵を握るのは、「3つのマ」を除くことだと言われている。1)

「まぁ、これくらいの『マ』」の物の側の不安全状態の放置、頭ではわかっていても「魔がさすの『マ』」である人側の不安行動、その結果日常の環境でも起こる「まさかの『マ』」の連鎖によって、「魔の一瞬」を迎えてしまうのである。しかし、「3つのマ」は、論理式(どれかがなくなれば、リスク無し)であり、災害の連鎖は防止できるはずである。「3つのマの連鎖」の解決方法のキーワードもやはり、「間を置く『マ』」である。何か作業を行う場合は、必ず一呼吸「間」を置いて作業内容を見直し、危険な因子が隠れていないか考えることである。その例として、指差呼称の本質について考える。

(1)正しい指差呼称について

指差呼称は、ヒューマンエラーを低減する手法として、日本国有鉄道(現在JR)で創設された安全確認手法である。心理学的に、人間は間違いをするのは当たり前で、不注意、錯覚、省略行動の人間の不完全な特性から必要とされているのが指差呼称である。正しい指差呼称を図表3に示す。

正しい動作は、@対象を見る、A指をさす、B耳元で考える,C腕を振り下ろす、4つのステップから構成され、思考・視覚・運動・言語・聴覚などの大脳の働きを活性化する。指差呼称は、しない時に比べて3倍以上脳を活性化しているといわれている。2)

しかし、実際の現場では、指差呼称を徹底させるのは非常に難しい。その為には、トップの実践、現場教育などを繰り返し習慣化させることが大切である。多くの工場では、場内の横断時に指差呼称を導入している場合がみられるが、一般道路の横断時にも自然に指差呼称をする習慣になるほどの徹底が必要である。

(2)指差呼称の効果について

指差呼称の効果は、1994年に(公益財団法人)鉄道総合技術研究所の「操作ボタンの押し間違い」実験により効果が確かめられた。

図表4に示すように、押し間違いの発生率は、「指差呼称行なわなかった」2.38%に比べ、「呼称のみ」1.0%、「指差しだけ」0.75%と低減し、「指差しと呼称を共に行った」の発生率は0.38%となり、 何もしなかった場合に比べ、リスクは約6分の1に低減した。

また、多くの確認作業を想定した処方箋と薬剤の「薬名間違い」「量間違い」「時機間違い」の作業についての誤薬実験がある。誤薬種類別のエラー率の平均は、「何もしない」0.33%、「呼称だけ」0.09%、「指さしだけ」0.18%、「指差呼称」0.02%となり、リスクは約14分の1と低減した。3)

指差呼称だけでヒューマンエラーの根絶を実現することはできないが、「意識レベルを上げ、確認の精度を向上させる有効な手段」である。人は、「見えるものではなく、見ようとしたものを見る」といった人間の能力を活用するといった意識の本質面で優れた方法である。

5.管理者の視点

多くの現場では、朝礼時、作業前、作業後等に、管理者が注意事項や業務連絡を行っているのを見かける。管理者の多くは、簡単なことを難しく、たくさんのことを言いたがるものである。しかし、聞いている人にとっては、情報は多ければ多いほど忘れることを前提に考えなければならない。

(1)繰り返し教育と情報発信

ドイツの心理学者ルマン・エビングハウスは、3つの意味のないアルファベットの羅列の記憶が、時間の経過とともにどのように変化していくかを導き出した。忘却曲線理論を図表5に示す(本来、縦軸は再学習の容易性を示す節約率であるが、記憶保持率と近似と想定)。

これによると、人の記憶は、20分後に42%、1時間後に56%、1日後に74%、1週間後に77%、1か月後には79%を忘れるとしている。

また、同じ実験ではないが、カナダの大学の研究では、仮に定期的に復習した場合は、1日後に復習による記憶回復時間を「1」とすれば、1週間後は「1/2」、1か月後は「1/3」で記憶回復サイクルが短くなり、最適なタイミングで繰り返すことによって記憶は維持できるとしている点が興味深い。

また、東芝三重工場では、朝礼時に3項目の情報を発信し、午後にいくつ覚えているかの実験を行った。その結果、3項目の情報を発信した場合、3項目を覚えている人はわずか10%であり、1項目のみ覚えている人も41%にとどまった。しかし、1項目のみの発信した場合は、85%の人が記憶していた。

このように、人は忘れやすい動物で、忘れるのは当たり前である。ものづくりの現場の場合は、忘れることを前提とした指示・連絡方法にする必要があり、重要なものや危険を伴うものなどの指示・連絡は必ず文書で行うことが大切である。

「トヨタ生産方式の父」と呼ばれている大野さんは、同じことを何度も繰り返したという。聞いている人は、「また同じ話か。次はあの話が始まるぞ。」と思われながらも、とにかく繰り返し、繰り返しして、本質を叩きこんでいたと言われている。

このように、現場では、その日の注意事項は「最重要事項」にとどめ、本質を理解するまで、同じ話を「繰り返し」するのが、「真のベテラン」と言われる現場管理者である。

(2)ホーソン効果と現場パトロール

ホーソン効果とは、アメリカのホーソン工場で行われた4つの実験で、物理的労働条件よりも「注目されているという意識」によって生産性が向上することが提示された。その一つの照明実験では、照明を明るくすれば、コイル巻き作業の生産性は上がると推測して実験を行ったが、図表6に示すように、照明と生産性に相関はなかった。

これは、実験班には、前もってハーバード大学の研究への参画のために選ばれたと伝えていたため、社会的欲求や尊厳欲求(マズローの欲求5段階説)が生産性に影響を及ぼしたと解釈された。

また、人間の集中力は、普通の状態では60分、訓練すると120分といわれている。労災事故の発生は、作業開始から約1時間後の9時から11時、休憩後の14時から15時の間が多く、集中力の低下によると思われる。

これらの点から、モチベーションや集中力は、作業者と管理者の人間関係によって改善されるということである。管理者が行う現場パトロールの目的は、標準作業や危険作業の監視がすべてではない。管理者の現場パトロールは、集中力が低下するタイミングで実施し、作業者に向けての「声掛け」等により、「注目される人間関係の構築」に努めることが最大の目的であることを自覚しなければならない。

人は経済的動機付けだけで動くわけではなく、マズローの欲求階層の低次から高次の欲求への意識によって行動することを常に意識しなければならない。

6.新しい安全活動の視点

(1)危険感受性と危険敢行性教育

安全行動は、図表7に示すように、どの程度危険に敏感かを示す「危険感受性」と、危険を感じても敢えてその危険を受け入れる「危険敢行性」の組合せから、次の4つのタイプに分類することができる。4)

  1. 本質安全型:危険感受性が高く、危険敢行性が低い理想的なタイプ。
  2. 初心者型:危険感受性、危険敢行性ともに低いタイプであるが、危険を回避する傾向があり、結果的に、安全。
  3. 突進型:感受性が低いが、危険敢行性が高いタイプ。少し自信ができ、やる気が強い中堅者に多い。
  4. 自信過剰型:危険感受性、危険敢行性ともに高く、熟練者や責任者に多く重大な事故を招くことがある。

実際の現場では、「危険な作業を部下にやらせたくない」、「能力をアピールする好機だ」等の前向きなケースもあり、一概に評価はできないが、安全面のみで順位づけると、1、2、3、4の順番になる。

多くの安全教育は、「危険感受性」などの教育がメインであり、入社時や配転時など時のみに行なうことが多い。また、図表7に示すように、危険体験装置やVR(仮想現実)体感装置が研修センターなどに設置されており、従来の危険予知活動(KYT,リスクアセスメント等)や、タイプ別の教育プログラムと合わせれば、これまでよりも効果の上がる安全教育環境が整ってきている。

しかし、このような「危険感受性の向上」の教育はできても、「危険敢行性」に対して何ら働きかけが行われないままでは、十分な教育効果(災害の減少)にはつながらない。

(2)危険敢行性への対応

1982年にカナダの交通心理学者ジェラルド=ワイルドは、交通事故が無くならない理由として、安全性を高める手段・対策をとっても、人は安全になった分だけ利益を期待してより大胆な行動をとるため、危険が発生する確率は一定の範囲内に保たれるとした「リスク・ホメオスタシス理論」(危険補償行動)を提唱した。

この視点から見ると、「危険敢行性」の行動の原因は、その人にとって効率性や快適性を求める等の利益が得られるからと考えられる。言い換えると、危険行動よりも安全行動から得られる利益があれば、危険行動は減少するともいえる。その為には、経営者や管理者は、現場作業者に、危険行動をやめて安全行動をとれば、どんなにいいことがあるのかを示す必要がある。

10年ほど前に提案されたBBS(Behavior Based Safety:組織行動セーフティマネジメント)とは、行動科学に基づく安全性に関わるすべての行動を管理できる手法である。5)

この中で、最も大切なことは、注意したり、叱ったり、罰を科したりといった「ルールで縛る安全活動」とは違い、「褒める安全活動」という点が注目される。

図表8は、「褒める安全行動」を示したもので、安全行動のレベルを@「やらされ感」、A「ペナルティ」、B「安全行動の無視」、C「褒める安全行動」のパターンで安全行動のレベルの継続性を示している。

多くの現場では、安全スローガンや規則の徹底などが行なわれているが、安全行動のレベルは開始後の3ケ月後には低下し、鈍感になってゆく。しかし、Cのパターンのように、現場パトロール時などに作業者に直接声を掛け、「安全行動を取っている人を褒める」ことは、作業者の安全活動に取り組む意識が生まれ、自発行動化は安全行動レベルを維持するだけでなく、本人にしか気づかない安全行動も積極的にとるようになる。その結果、安全行動が不安全行動を上回ることによって、安全を達成することができる。

マズローの欲求5段階説では、安全欲求は、生理的欲求に次ぐ基本的な欲求である。しかし、安全行動の継続には、高次の社会的欲求(褒められる)や尊厳欲求(仕事への誇り)の視点から取り組まなければ、安全活動は継続できない。安全行動をとる行動が、ネガティブな結果の回避でなく、安全行動が認められたり、褒められたり、小さな褒美をもらえたり、お祝いされたりというポジティブな利益を得られるというところに持ってゆくことに大きな意味がある。

そういった意味では、BBSは、従業員の「意識改革」ではなく、管理者と従業員の「行動改革」であるといえる。

7.暗黙知と形式知の伝承

多くの現場では、安全行動について、安全基準や安全行動基準の遵守が重視されるが、自動化技術や工程の複雑さによって作業環境は大きく変わっているにもかかわらず、基準は見直されずに形骸化している場合が多い。図表9に、暗黙知と形式知の伝承の要素とモデルを示す。

伝承者から継承者へのモデルは大きく分けて@管理型、A知識型、B感覚型があり、通常の作業では見える化し、マニュアルを学習する@管理型が多く約70%が該当する。しかし、企業の差別化の為には、継承者が伝承された形式知を個人の暗黙知にするB知識型が必要である。安全についても、同様なことが当てはまり、「学習するHow」に加えて自ら「使いこなすWHy」志向の習慣化が必要である。

8.まとめ

安全活動は、ゼロで当たり前の努力が評価されにくい活動である。安全管理者にとっては、100−1=0(100件の改善を行っても,一件に事故が発生すれば、評価は0)であり、現場作業者にとっては、生産性向上によるコストの追と安全性追求のトレードオフ関係の難しい活動である。

安全環境づくりは、単に危険となる源を取り除き、安全の手順を構築することではなく、人がどのように行動し、どのように考えるかといった、「人と人との信頼」の問題である。

安全に向けた取り組みは、多くの企業で行われているが、小さな危険の芽は、従業員一人ひとりの些細な「行動」の中にあるにもかかわらず、その些細な行動に着目せずに、大きなスローガンで問題を解決しようとしている企業が多いのが問題である。

問題解決能力をしっかり身につけるためにはまず物事の原理原則を理解することによって、現状把握の知識、危険への洞察力、適切な対策を立案できる対応力を身につける知恵を習得することが必要である。これらの能力を身につける最も基本となるものが“考える”ことであり、それを養成する為には、Know−Howではなく、Know−Why教育である。

安全管理は、「安全の要、最後は人」といわれるように「ノンテクニカルスキル」(挨拶・応援・声かけ等のコミュニケーション等によるヒューマンエラーを防止して安全を確保するためのスキル)といえるかもしれない。

9.参考資料

  • 1)茶園幸子:安全講座(神鋼環境講演)
  • 2)青森独立病院:医療安全ニュース
  • 3)宮武昌裕:人間工学(Vol.52、2016)
  • 4)蓮花一己:交通危険学
  • 5)石田淳:組織行動セーフティマネジメントBBS

(2020.4)
(執筆者の所属、役職等は発表当時のものです)

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