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和歌山ブラぶらウォッチング

真田庵 〜戦乱の世を生きた名将真田幸村の屋敷跡〜 (九度山町)

真田庵

六文銭

真田幸村と言えば、動乱の戦国時代末期に活躍した武将である。信州上田城主だった真田昌幸の次男として生まれた。真田氏は当初徳川家康に仕えたが後に対立。なにかと家康を苦しめた。

天下分け目の関ヶ原の合戦でも西軍方についたが惨敗。家康の怒りを買った真田昌幸・幸村父子は死罪に処せられるところであったが、家康側についた昌幸の長男信幸と本田忠勝の嘆願で死罪は免れ、高野山に蟄居をさせられた。後に妻子との生活を許され、女人禁制の高野山から九度山に居を移した。

時は流れ父昌幸は没した。そして1614,1615年、家康を滅ぼさんと立ち上がった豊臣側の求めに応じ、九度山の地から大坂に出陣した(冬の陣、夏の陣)。そして夏の陣で壮絶な最期を遂げる事になる(幸村49歳)。

庵の近くにミュージアムがあるが、そちらを先に見学してから真田庵の見学をお勧めします。

(取材:萬羽)

真田庵 地図

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