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和歌山ブラぶらウォッチング

深山重砲兵連隊跡 〜深山地区砲台跡〜 (和歌山市深山)

深山重砲兵連隊跡

第一砲台跡

和歌山市沖にある友が島は、その地理的状況から、江戸末期より国防・海防の要として、日本の軍事歴史上重要な役割を担ってきた。友が島に残る砲台史跡群の充実度は要塞島としての貫禄を示している。

この砲台跡は友が島のみならず、加太・田倉ア地区や深山地区そして、淡路島の由良地区と広く分布し、由良要塞として明治中期より近代的な整備が進んだ。要塞の中枢機関である砲兵連隊が深山地区にも置かれた時期もあった。そのことを示す石碑が休暇村上り口の所にある。第一次大戦時、青島攻略にもここの部隊が参戦し、その戦勝凱旋式典(1915年1月)が和歌山城公園内で開催されたが、熱狂的な大歓迎ぶりを当時の和歌山新報が伝えている。深山地区には陸軍の砲台が二つあったが、休暇村「紀州加太」があった辺りに第二砲台があった。ここの砲台は日露戦争時中国に運ばれ、旅順攻略で活躍したとされている。(写真は第一砲台跡)

航空機主体の第二次大戦時にはもはや時代遅れとなった軍事施設であったが、明治期の国防の気概に触れることができる貴重な史跡ということができます。

地図
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(取材:萬羽)

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