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和歌山ブラぶらウォッチング

山田猪三郎碑 〜日本式飛行船のパイオニア〜 (和歌山市和歌浦)



山田猪三郎碑(高津子山登山道)

1886年(明治19)潮岬沖で英国船が遭難し、英国人船員全員はボートで助かったが、日本人乗組員全員が遭難死するというショッキングな事件が起きた。トルコ軍艦エルトゥールル号遭難の4年前である。義憤にかられた山田猪三郎は大阪のゴム加工会社で技術を習得。日本初の海難救命具を開発し海軍に納めた。技術は気球開発へと繋がる。

1904年(明治37)日露戦争での旅順攻略の際、この気球は高所からの見張りで大活躍した。(この功績で勲章授与された)気球はその後飛行船へと進化し、1910年(明治43)山田式飛行船第一号が飛行に成功、翌年東京上空を一周した。この時の状況はNHKのテレビ小説「はね駒」の中でドラマ化された。猪三郎は1913年(大正2)51歳の若さで病死した。

ところで猪三郎の人生の一大転機となった英国船遭難事件では英国との不平等条約が大きくクローズアップされ、改正を求める世論は沸騰した。1894年(明治27)当時の外相陸奥宗光は改正に尽力し成功した。遭難事件から8年後である。陸奥宗光も和歌山が生んだ偉人の一人です。

(取材:萬羽)

山田猪三郎 地図

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